2020年4月24日金曜日

運 新3年 登藤健

初めまして、新3年の登藤健です。出身はあの小泉環境相と同じ神奈川県横須賀市、なんと誕生日まで一緒ということで同じような内容のことを繰り返し言わないように気を付けたいと思います。もしそのようなことになってしまったら、反省の色が見えるように反省したいです。

現在コロナウイルスの流行によって社会活動が大きく制限され、一人でいる時間が格段に伸びました。すると、自分と向き合う時間が自然と増えます。こんなタイミングで運よく、部員ブログの順番が回ってきたということで、今自分が考えていることを整理しながら書いていきたいと思います。(整理できてなかったらすいません)

唐突ですが、皆さんに座右の銘というものはありますか。僕は今までそんなことは特に意識もせず生きてきたのですが、ここで一度腰を据えて考えてみると、自分の今の考え方にとても近いものを見つけました。

それは「人間万事塞翁が馬」という言葉です。この言葉を初めて聞いたのは南アフリカワールドカップから帰国した時の記者会見で当時の日本代表の岡田監督が子供たちへ送ったメッセージの中でした。この言葉は当時、小学生だった僕の心になぜかすっと受け入れられました。そして、おそらく今の自分にも大きく影響していて、僕のひ弱なメンタルを少なからず支えてくれています。

この言葉から得られる教訓として「何が災いで何が幸せかはわからないので、ある出来事に対して安易に一喜一憂しない事」などがあると思いますが、僕はスポーツをやっている以上、試合に勝てば喜び、試合に負ければ悔しがりますし、多くの友人に見透かされているように、かなり負けず嫌いです。なので、この言葉から自分に合うように教訓を得ようとすると、「結果を運のおかげ(せい)にする」になります。少し飛躍したかもしれませんがそこは勘弁してください。

具体的に自分の経験に照らしてみたいと思います。昨年、前期リーグ開幕直前のアクシデントにより突然リーグ戦に出場することができました。もちろん、戦力としてチームにとってはマイナスな出来事であることは間違いないのですが、自分個人の経験としては貴重なものでした。しかし、この経験を自分にとって良いものとするか悪いもとするかは自分次第です。たまたま試合に出られたことで自分の実力を勘違いし努力を怠るようなら、その後の2年間にとって今回の出来事はマイナスであるし、試合に出られたことを運がよかっただけと解釈するなら、今回の経験は自分の中での基準を引き上げることに繋がり、プラスになります。何事にも成功したときは運のおかげと思うことによって常に謙虚でいられます。

このように考えると、成功や失敗といった結果は普段のモチベーションにあまり影響を与えません。必要なことは結果に関わる運の要素をできるだけ少なくするために、淡々とやるべきことをやるということです。
今年度のチーム目標の一つに2部Aリーグで4位以上というものがあります。この目標を掲げている以上、一つの試合に試合に勝とうが負けようが、スタメンであろうがなかろうが、もっと言えばコロナウイルスで思うような活動ができなかろうが、普段の練習や日常ですることは同じであるべき。というのが僕なりの「人間万事塞翁が馬」という言葉のサッカーへの応用です。
 
最後にもう一つだけ「自分は運がいいなあ」と思うことについて書きたいと思います。それは周囲の環境に恵まれていたことです。もちろん、大学生になるまで不自由なくサッカーを続けてくることのできた家庭環境もそうですが、それと同じくらい今まで自分が所属してきた集団にはいつも自分にとって良い刺激を与えてくれる人達がいました。大阪大学サッカー部もその一つです。さっきまで長々と偉そうなことを書きましたが自分にももちろん、モチベーションの波があります。しかし、モチベーションが落ちてしまったとき、このままではいけないと思わせてくれる人達がサッカー部にはいます。なんで大学生になってサッカーをするのか、と考える人もいるかと思いますが、サッカー部に入ることでそういった尊敬できる人に出会うことができる、それだけでも価値のある事なのではないかと思っています。

こんな感じで自分らしく、面白みのない文章になってしまいましたが、運悪く僕は面白い部分を持ち合わせて育ってこなかったので、そのあたりは得意な同期達に任せたいと思います。最後まで読んで頂きありがとうございました。

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