2020年10月25日日曜日

勝ち犬 2年 平澤達也

 


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部員ブログを書くにあたって、自分がこの部活に所属している意味、理由を確認するために今までのサッカー人生を文字に起こしてみたいと思います。あと、皆さんに僕のことを知ってもらいたいので、


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振り返ってみると、僕のサッカー人生は実に「負け犬」という言葉がよく似合うものであった。小2でサッカーを始め、大した成績も残さずにサッカーの名門、暁星中学校へと入学した。そんな僕は全く試合に絡むことができなかった。僕の記憶が正しければAチームでの公式戦出場時間5分ほどだったと思う。その5分ですら、ミスしたらどうしようとずっと考えていて、ガチガチに緊張していた。実際に自分のミスから失点に繋がりそうになったが、オフサイドとかいう神が創造したルールにより九死に一生を得た。試合後にはチームメイトからいろいろ言われ、泣きそうになった、というか泣いていた。忘れもしない。帰り道は「みんな怖いし、絶対ミスるし、もう試合なんか無理だわ、ぴえん、」と俺の心の中のJKはずっと考えていた。向上心と反骨心がゼロである。この考え方こそが負け犬の負け犬たる所以なのだろう。また、中3の夏、Aチームは北海道で全国大会を戦っていた。メンバーに選ばれなかった自分は東京に残り練習をしていた。悔しかったが、まあ、仕方ないかとも感じたのを覚えている。この三年間で何をしたかと聞かれても答えることは出来ない。何もしていないから何も覚えていないのだ。サッカーが楽しかったかどうかも覚えていない。


こんな暗黒期を乗り越え、高校から心機一転新しいチームで頑張ろう!というわけにもいかなかった。というのも、暁星中学は中高一貫の学校である。中高の六年間でサッカー部のメンバーは変わらない。更に、中学と違い全員横並びからのスタートではなく、AチームとBチームに分けられ、序列が確定しているところからのスタートだった。また、AチームとBチームは監督も違い、Aチーム昇格のチャンスはほぼ年一回だった。中3の時点で3番手GKだった僕はもちろんBチームからのスタートであった。普通の人なら残念に思い、悔しがると思う。ただ、負け犬の僕は正直ほっとした。これであの怖いAチームの人とは一緒にサッカーをせずに済むんだと思うとなんとなく安心したのだ。ただ、Bチームで色々な試合に出る中で徐々に自信がついてきて、これならば僕もAチームでやれるのではないかと思い始めていた。そして、高2の10月に満を持してAチームに昇格した。最初はAサブの方でミニゲームに入っていた。正直全然やれたし、Aチームさんもこんなもんですかいと思っていた。そして、たまたまスタメン組のミニゲームに入ることができた。そこはAサブとは何もかもが違った。何もできない自分、怖いチームメイト、また僕の心の中のJKが「何もできなかった、ぴえん、」と言っていたのを覚えている。2年間せっせと積み上げてきた自信は練習が終わった時には見えなくなっていた。恐らく幻想か何かだったんだと思う。その後はA2やA3を行ったり来たりして僕の高校サッカーは終わった。もちろん、メンバーに入ること、試合に出ることを目標としてやっていたがそんなことは無理だと気付いていたし、正直途中から諦めていた。最後の数か月はサッカーを続ける理由もなかったが、別に辞める理由もなかったので続けていた。そう、惰性である。まさに腐った林檎なのだ。選手権予選で負け、引退が決まった瞬間、チームメイトはみんな泣いていた。とても悔しかったのだと思う。僕も何となく泣き、帰りにみんなで飯を食って帰った。その晩、僕は中高のサッカー生活を振り返ってみたのだが驚くほどに何も思いだせなかった。それはとても情けないものであった。が、翌日模試だったので早く寝た。そんなこんなで、大した見せ場もなく僕の負け犬高校サッカー生活が終わった。恐らく、引退の1か月後くらいには監督から名前を忘れられている、決して目立つことのない、数合わせのような選手だった。


そんな選手であった僕は、今、大学でも部活に所属してサッカーをやっている。理由は何だろうか。やはり、サッカーに未練があった。あのような不甲斐ない形でサッカーをやめれるわけはなかった。まあ、サッカー人生ハッピーエンドで終わらせたいじゃないですか。自分はこんなところで終わるようなやつじゃないとも思ったし。まあ、「お前は一度諦めただろ、そんな奴が偉そうなこと言うなよ。」と言われれば、何も言い返せないのですが。でも、一回くらい見逃して欲しいです。お願いしますよ。


さて、僕はこの部活に所属してる理由を確認できたのだろうか。恐らく僕はサッカーに未練があるのである。ただ、それだけの理由でこの部活に所属していて良いのだろうか。「サッカーに未練がある」というだけではこの部活に所属する理由にならないと思う。組織とは、各構成員がその組織にとってプラスになる側面を持ち寄って、強く大きくなっていくものだと思う。プラスの側面を持ち寄ることが、組織の構成員としての条件なのかなと考える。もしそうならば、僕はその条件を満たしてない。僕はこの部活を支えているのでは無く、ただ乗っかってるだけである。「サッカーに未練がある」という理由だけで部活に所属している僕は組織にとって悪影響を及ぼしているかもしれない。それならば自分がこの部活に存在してよい理由を作らなければ、何かプラスの側面をもたらして、存在理由を示さなければならないのか。いままで、そこにサッカーする環境があり、サッカーが好きだったから続けてきて、中高と構想外であったためチームのことなど考えてこなかった。僕がこの部活のフリーライダーにならないためにも、組織のことを考えるというのは必要不可欠なのだろう。僕にこんなことを思わせる部員ブログ君は偉大である。言いたいことはまとまらなかったが、なんとなく、大人になった気がする。


最後に自分のことを語ってみたりする。僕は自分に自信がない。いつもは虚勢を張って自信がある風を装い、自分を強く見せようとしているダサい人間である。まさに「負け犬」の生き方である。そんな僕は知っている。20年弱生きてきて得られなかったものがいまさら手に入るはずはない。だから、自信なんかもういらないと虚勢を張ってみたりする。僕は虚勢を張って生き続けていこうと思う。負け犬は負け犬らしく。それが僕を守ってくれるなら良いではないか。虚勢が僕を守り、僕はゴールを守る。素晴らしい関係だ。


とびきりの面白ジョークが出てきたのでこのブログを終わってみようと思います。


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2020年10月20日火曜日

役割 2年 植野直次朗


 はじめまして、2回生の植野直次朗です。

この部員ブログの内容を熟考するあまり、書き切るのに1ヶ月もかかってしまいました。

というのは嘘で、最初の3週間は何もせず、多方面からはよ書けと言われてしまったので急いで書きました。僕の部員ブログを心待ちにしていた皆様、申し訳ございませんでした。

では、部員ブログの内容に入らせていただきます。

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2020年春、コロナウイルスのため部活が休止していました。これを機に自分の役割について考えてみることにしました。1回生の間のことを思い返してみるとこれといってチームに貢献したような場面はありませんでした。北摂リーグに出させていただく機会やAチームの練習に参加させていただくこともあったのですがそれが自分である必要があったか、と聞かれると胸を張って答えることはできませんでした。思い返してみると、高校時代も試合には出場しているものの何か決定的な仕事をしてチームを勝たせていたか、と考えると別にそういう訳でもない気がします。

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他の部員の役割を考えてみると、点をとる人、ゴールを守る人、声を出して雰囲気を作る人、チームのことを考える人、事務作業を行う人、選手を支える人…。他にも役割はここにあげきれないほどありますが、そのどれもが自分にはできないことばかりです。個人としてもチームとしても周りの人の役割に支えられている事がわかります。「やっぱサッカーってチームスポーツやねんなぁ」って再確認です。

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では僕はどんな役割でチームに貢献出来るでしょうか。僕のポジションはボランチなので守備にも攻撃にも参加します。サッカーは攻撃と守備が連続的に繰り返されるため、攻守どちらでも活躍するためには切り替えが早くないといけません。そのため「ピッチ上の誰よりも早く切り替える」ことが自分の役割と考えています。


「チームの攻撃の時に守備のことを、チームの守備の時に攻撃のことを考えろ」


これは僕が高校の時に監督に言われ、今も大事にしている言葉です。当時の僕は本質をとらえきてれなかったのですが、この言葉こそ切り替えの意識について体現しているのではないでしょうか。

大谷さんのようなアジリティ、築城さんのような走力、登藤さんのような守備力が備わっていないのですが、自分は切り替えの早さで勝負していこうと考えています。

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阪大サッカー部は4回生の幹部3人を中心に学生主体で動いています。そのため尚更各自の役割が大きくチームに影響します。自分の役割がいまいち明確でない部員は、自分の役割とは何か今一度よく考えてみる時間をとることをお勧めします。90人近い部員全員が自分の役割を意識すれば確実にチーム力の底上げになります。

僕も自粛期間中に考えた自分なりの役割を意識し、阪大サッカー部の歯車の1つとなれるよう努力します。


部員ブログは以上です。最後まで読んでいただきありがとうございました。

2020年8月21日金曜日

身の丈 2年 山﨑奏


 はじめまして、2年の山﨑奏です。

大した人間ではないので皆さんの心に響くような文章は書けません。時間がある方は暇潰しにでも呼んでください。

 

 自分には「強み」というものがありません、が、「弱み」は腐るほどあります。これはサッカーに限った話ではなく、私生活、勉強にもいえることです。

 僕のことを知ってる人はわかると思いますが、自分はプライドが無駄に高い為に、見栄を張りたがります。 

 自らの能力を高めるには、「強みを伸ばす」方法と、「弱点を潰す」方法の2つが一般的に有名ですね。

 僕には強みがないので「弱点を潰す」しかありません。 でも、プライドの高い人間は自分の弱点を見つめ、考え、潰す、そんな過程を直ぐに踏めません。これまでの人生でも周囲に自分を大きく見せ虚勢を張っていました。

 高校生の時、キャプテンをやらせて貰いましたが正直上手く纏まっていたとは思えません。練習開始時間への集まり具合、練習・試合中の声出し、等々それぞれが別の方向にむいていました。それは紛れもなく口先だけの自分のせいであると、今では思います。

 

中身のない奴に人は付いて来ませんから。

 

しかし、阪大サッカー部に入部して以来自分を見つめ直す機会が増えました。怪我での離脱期間が長いこともありますが、何より自分が見栄を張っても手の届かないような人ばかりであるからだと思います。

 練習前後に自主トレをする人、怪我をしないように他の人より入念にアップする人、準備や片付けを率先して行う人、パッション溢れる人、そしてそれを側で支える人。皆が自分を見つめ、チームのことを考え、行動しています。

 そんな人達が周りにいる中で虚勢を張っても仕方ありません。自分の身の丈をしっかりと見つめ、考え、実行する。それができる人に人は付いていくのであり、それができる人がチームに必要とされる人なのだ、と感じます。

 敬愛する4回生と一緒にサッカーをできるのもあまり長くありません。少しでもチームに必要とされ選手になれるよう、チームに力を還元できるよう、自らの身の丈を見誤らず、そして少しずつでもその丈を伸ばし、人として成長していけたらと思います。


 拙い文章にお付き合い頂きありがとうございました。

2020年8月19日水曜日

部活の意義 2年 十川大輝


部活の意義というテーマで、質低め量多めで書かさしてもらいます。外語なんで許してください。


ぼくがサッカーを続ける理由は、堕落しないためです。もちろんサッカーが好きであることは前提ですが。なぜこうした理由で部活に所属しているかを過去の失敗をもとに長々と書いていきます。


ぼくは小学校からサッカーを始め、高1の秋までフィールドでプレーしていましたが、同期にキーパーがおらず、誰かがやらないといけなかったので、ぼくがやることになりました。最初は自信とやる気に満ち溢れていましたが、次第にその過酷さと孤独さに負け、不平不満を漏らすばかりになりました。何度も辞めたいと思う時がありましたが、なんとか最後まで続けました。引退後は受験に専念するはずが、サッカーを言い訳にして勉強からも逃げて当然のこどく受験には失敗しました。そうして浪人にするとになります。最初は予備校に通っていましたが、転機が訪れました。ある本を読んで、それまでの自分の行いの全ての原因が「精神的弱さ」ということに初めて気づきました。同時に過去20年間の後悔と反省に襲われました。自分の愚行が蘇り恥ずかしくてどうしようもありませんでしたが、過去は変えれないのでその分は今から取り返そうと励みになりました。阪大でサッカー部に入ると決めたのもこの時です。そして頑張るには宅浪しかないと勘違いして予備校を辞めて、AEONや公園で勉強したり、ランニング中に単語を覚えるという奇行に走りました。結果として大阪大学に合格することができました。今思えば本当に過酷な一年で、過去の猛烈な後悔が無ければ、乗り切ることはできなかったと思います。自分の過去には後悔ばかりですが、その後悔が今の自分の原動力となっているので、これでよかったと思います。こうして自分の弱さを知り、それでも堕落するなら自分の人生は終わりだと思っています。大学で頑張れることは、自分には部活と勉強しかありませんでした。だから部活に入りました。これがぼくにとっての部活の意義です。


大学で一年半が経ちました。昔よりは格段に頑張っていますが、まだ過去の負債は返せていません。まだまだやれる。今年は量にこだわってやっていきます。


お読みいただきありがとうございました。

自分で読み返しても内容が分からないので、解読した方は教えて下さい。

#外語なんで

2020年8月13日木曜日

練習の取り組み方 2年 米花遼人


阪大サッカー部に入って1年半近くが経ち、ようやく大学サッカーにもなれてきました。

1年半やってきた中で感じるのは、大学サッカーは高校サッカーに比べて練習時間が圧倒的に短いということです。僕の高校では真夏のくそ暑い中でも、4時間程度練習するのが普通で、大学に入って毎日の練習が1時間半で終わるのが衝撃でした。

そんな短い練習時間の中で、どのようにしてうまくなるのかというのは僕が阪大サッカー部に入ってからそして今も考えているところではあります。

このブログでは自分が普段の練習で意識していることについて伝えようと思います。

まず1つめは毎回の練習で具体的な目標を立てることです。

これは新チームになってから阪大サッカー部でも練習前に自分の今日の目標を言う機会というのが設けられていますが、僕はより具体的に目標を立てることを意識しています。

例えば、トラップを1度も浮かさない、シュートをすべて枠内に入れる等々。

たった1日の練習で自分がうまくなると実感することはほとんどないと思いますが目標をたてて意識することで練習の質は大分変わってくると思います。

2つめは常に試合中を意識することです。

これは、高校のサッカー部の顧問から常々言われていたことで、どの練習が試合中のどの場面に該当し、また、そこで自分が何を求められているのかを考えながら練習に取り組むことで試合に近い、質の高い練習になります。ロングキック1つをとっても、試合中に助走を何歩もとって蹴れるのはGKかCBぐらいですし、僕のポジションであるボランチではトラップしてから1歩程度の助走で蹴らないと相手にとられてしまいます。当たり前のことですが、練習が試合につながるわけで練習と試合を切り離して考えているといつまでたっても練習の成果というものを試合で発揮できないと思います。

僕は背が高いわけでもフィジカルが強いわけでも、足が速いわけでもありません。サッカーはお世辞にもうまいとはいえないし、僕よりうまい人は阪大サッカー部にも何人もいます。特にこれといった特徴もない僕が試合に出て活躍するには、日頃の意識や頭の部分で他の人に勝つしかありません。この練習中の意識を忘れずにこれからも取り組んでいきたいと思います。



2020年7月23日木曜日

言葉 2年 梶恭介


はじめまして。新2回の梶恭介です。
まずはじめに、1つ前の人が大先生のような文章を書いたせいで、僕も技巧を凝らした文章を書かないといけない気になっていますが、そんなことは出来ません。すいません。読みやすい文章になっていると思いますので、ぜひご一読ください。
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最近になって、言葉って不思議なものだなと感じるようになりました。言い方によって意味が変わってくるし、その人の性格や気分次第でプラスにもマイナスにもとらえられる。人にはそれぞれ忘れられない言葉が1つはあると思います。僕の中のそれは、サッカー人生において出会いました。

「お前が1番下手や、サッカーやめろや!」

サッカーを始めて5年が経った中学2年の頃、なんとなくサッカーを続けていたある日、練習の紅白戦でコーチから急に名指しでそう言われました。中学生という多感な時期に大の大人(しかもガラが悪い)から怒号のように発せられたこのストレートな一言で、まだまだ真面目な子供だった僕のメンタルはぐちゃぐちゃにされました。当時は、どう変換してもポジティブな意味で捉えることは出来ませんでした。そんなの当たり前で、誰がどう見てもネガティブな意味しかないからです。

普通、こんなに罵声を浴びせられたらサッカーをやめてしまうのではないかと思います。しかし僕の場合、やめる・やめないを悩む余裕も時間もなく、練習に追われる日々で、次また怒られるんじゃないかという恐怖でただがむしゃらに上手くなるように練習しました。毎日が大変だったけれど、なんとか中学の最後の大会ではいい成績を残すことができました。

恐怖が自分を成長させてくれたことは間違いありません。しかし、僕がここで言いたいのは、言葉が僕を突き動かしたことです。当時言われた一言が、十数年たった今でもたまに悔しくて頑張らないとという気持ちにさせてくれます。普段の練習でも、先輩に言われた何気ない「ナイス」や「頑張れ」のシンプルな一言でテンションが上がり、プレーに影響してきます。つまり、誰でも簡単に他人のモチベーションをあげることは可能なのです。どんなに苦しいときでも、お互いがお互いを励まし合えるチームこそ最高のチームだと思います。

最後になりましたが、最近コロナ自粛で実家に帰り、部屋の整理をしていると、中学卒業の時の寄せ書きにあのコーチの一言が添えられていました。

「現状維持は衰退」

今思えば、たしかに当時、上手くなろうとする訳でもなくサッカーを続けていた僕は現状に甘んじていたのかも知れません。これからのサッカーを含めた大学生活において、この言葉を胸に日々精進していきたいです。

最後まで読んでいただきありがとうございました。




2020年7月19日日曜日

春過ぎて夏迎え、未だ冬眠中 2年 劔佳吾

早いもので最後の練習から4ヶ月が経つ。待ちわびた桜もとっくに散って、なかなか止まぬ雨を憂う日々が続いている。程なく大っ嫌いな虫たちが長い雨宿りを終えて飛び立つ頃かと思うとなお一層気が沈む。日に日に夏の足音が大きくなっているそんな中、私は依然として土の中で眠っている。
  
 新チームが発足して8ヶ月。怪我に怪我を重ね、私がフルで練習をこなしたのはそのうちのわずか5日。この数字をみて改めて自分の味噌っ滓ぶりに腹が立つ。サッカーをしないサッカー部員などチャーシュー抜きのチャーシュー麺かタイヤのないフェラーリも同然。まったくの無価値である。よっぽど気圧計やコーナーフラッグの方が活躍していたに違いない。
 
 無論そんな状況は到底耐えうるものではなかった。私は日頃、喜怒哀楽の中二つは見せんと強固な仮面を被り感情を殺している。けれど本来かなり血の気の多い性分である上に重度のサッカー馬鹿だからこの数ヶ月は燃えるような想いで過ごしてきた。練習中ピッチの中にいれないことや、試合を前に指を咥えるしかないこと。そういったサッカーに関する全てのことが憤りとなり苦しみとなった。

 本音をいえば、途轍もなく辛かった。吹田のグラウンドを見るのも苦痛だったし、サッカーをしている同期の顔をみると涙がこぼれそうだった。もはや何もかもが嫌だった。けれど結局は、今の自分が嫌いで許せなくてしょうがないのである。ひどく落ちぶれた不甲斐ない自分を思うたびに堪らなく気が狂いそうになる。

 日々の波はあれ、長いスパンで見れば自分は常にピークの中に生きてきた。年と共に成長し強くなっていた。だが今人生で初めてピークが過去にある。今の自分はベストの自分に遠く及んでいない。遅いし弱いし故に自信もない。だから毎プレー負け続ける。自分の持つ力全てを出せぬならば他人と競争する過程にはいないと私は考えている。大凡不戦敗のようなもの。私はこの一年間戦う土俵にさえいなかった。自分に負ける悔しさとは想像を絶するものであった。怒りなどとうに通り越してあらゆる負の感情が最高潮に達し束となって自分に押し寄せてくる。間違いなく自分のなかで一番嫌いな感情であった。

 紛れもなく、その感情を消し去るためには自分が自身に打ち克つ他ない。だから私は自分のかつての残像を追いながら己に鞭を打ち続けた。おかげでこの練習無き数ヶ月間を一日たりとも後悔することなく過ごすことができた。少しずつ目指す自分に近づけていると感じている。チームの一員としても半年弱の大きな遅れを取っていたものの、漸くスタートラインには立つことができたと思う。闘っていく準備は整った。


 そうこう書いているうちに近日中の練習再開の知らせが入った。このブログが出る頃には練習が始まっているかもしれない。

 何にせよ、ようやく長い冬眠を終えて土から顔を出すことができる。呆れるほどに長い充電期間であったけれど、人が長く助走をつけるほど遠くに跳べるように、私も耐えて堪えた分だけ強くなれると信じている。もしかすると空回りに終わるかもしれない。あるいはまた身体が壊れてしまうかもしれない。でもそれだっていい。とにかく死力を尽くし続けようと思う。クラッチ踏んでローギア入れて、なんてもうとってもやってられない。エンスト覚悟でトップギアに入れてぶっ飛ばしていきたい。