2020年8月21日金曜日

身の丈 2年 山﨑奏


 はじめまして、2年の山﨑奏です。

大した人間ではないので皆さんの心に響くような文章は書けません。時間がある方は暇潰しにでも呼んでください。

 

 自分には「強み」というものがありません、が、「弱み」は腐るほどあります。これはサッカーに限った話ではなく、私生活、勉強にもいえることです。

 僕のことを知ってる人はわかると思いますが、自分はプライドが無駄に高い為に、見栄を張りたがります。 

 自らの能力を高めるには、「強みを伸ばす」方法と、「弱点を潰す」方法の2つが一般的に有名ですね。

 僕には強みがないので「弱点を潰す」しかありません。 でも、プライドの高い人間は自分の弱点を見つめ、考え、潰す、そんな過程を直ぐに踏めません。これまでの人生でも周囲に自分を大きく見せ虚勢を張っていました。

 高校生の時、キャプテンをやらせて貰いましたが正直上手く纏まっていたとは思えません。練習開始時間への集まり具合、練習・試合中の声出し、等々それぞれが別の方向にむいていました。それは紛れもなく口先だけの自分のせいであると、今では思います。

 

中身のない奴に人は付いて来ませんから。

 

しかし、阪大サッカー部に入部して以来自分を見つめ直す機会が増えました。怪我での離脱期間が長いこともありますが、何より自分が見栄を張っても手の届かないような人ばかりであるからだと思います。

 練習前後に自主トレをする人、怪我をしないように他の人より入念にアップする人、準備や片付けを率先して行う人、パッション溢れる人、そしてそれを側で支える人。皆が自分を見つめ、チームのことを考え、行動しています。

 そんな人達が周りにいる中で虚勢を張っても仕方ありません。自分の身の丈をしっかりと見つめ、考え、実行する。それができる人に人は付いていくのであり、それができる人がチームに必要とされる人なのだ、と感じます。

 敬愛する4回生と一緒にサッカーをできるのもあまり長くありません。少しでもチームに必要とされ選手になれるよう、チームに力を還元できるよう、自らの身の丈を見誤らず、そして少しずつでもその丈を伸ばし、人として成長していけたらと思います。


 拙い文章にお付き合い頂きありがとうございました。

2020年8月19日水曜日

部活の意義 2年 十川大輝


部活の意義というテーマで、質低め量多めで書かさしてもらいます。外語なんで許してください。


ぼくがサッカーを続ける理由は、堕落しないためです。もちろんサッカーが好きであることは前提ですが。なぜこうした理由で部活に所属しているかを過去の失敗をもとに長々と書いていきます。


ぼくは小学校からサッカーを始め、高1の秋までフィールドでプレーしていましたが、同期にキーパーがおらず、誰かがやらないといけなかったので、ぼくがやることになりました。最初は自信とやる気に満ち溢れていましたが、次第にその過酷さと孤独さに負け、不平不満を漏らすばかりになりました。何度も辞めたいと思う時がありましたが、なんとか最後まで続けました。引退後は受験に専念するはずが、サッカーを言い訳にして勉強からも逃げて当然のこどく受験には失敗しました。そうして浪人にするとになります。最初は予備校に通っていましたが、転機が訪れました。ある本を読んで、それまでの自分の行いの全ての原因が「精神的弱さ」ということに初めて気づきました。同時に過去20年間の後悔と反省に襲われました。自分の愚行が蘇り恥ずかしくてどうしようもありませんでしたが、過去は変えれないのでその分は今から取り返そうと励みになりました。阪大でサッカー部に入ると決めたのもこの時です。そして頑張るには宅浪しかないと勘違いして予備校を辞めて、AEONや公園で勉強したり、ランニング中に単語を覚えるという奇行に走りました。結果として大阪大学に合格することができました。今思えば本当に過酷な一年で、過去の猛烈な後悔が無ければ、乗り切ることはできなかったと思います。自分の過去には後悔ばかりですが、その後悔が今の自分の原動力となっているので、これでよかったと思います。こうして自分の弱さを知り、それでも堕落するなら自分の人生は終わりだと思っています。大学で頑張れることは、自分には部活と勉強しかありませんでした。だから部活に入りました。これがぼくにとっての部活の意義です。


大学で一年半が経ちました。昔よりは格段に頑張っていますが、まだ過去の負債は返せていません。まだまだやれる。今年は量にこだわってやっていきます。


お読みいただきありがとうございました。

自分で読み返しても内容が分からないので、解読した方は教えて下さい。

#外語なんで

2020年8月13日木曜日

練習の取り組み方 2年 米花遼人


阪大サッカー部に入って1年半近くが経ち、ようやく大学サッカーにもなれてきました。

1年半やってきた中で感じるのは、大学サッカーは高校サッカーに比べて練習時間が圧倒的に短いということです。僕の高校では真夏のくそ暑い中でも、4時間程度練習するのが普通で、大学に入って毎日の練習が1時間半で終わるのが衝撃でした。

そんな短い練習時間の中で、どのようにしてうまくなるのかというのは僕が阪大サッカー部に入ってからそして今も考えているところではあります。

このブログでは自分が普段の練習で意識していることについて伝えようと思います。

まず1つめは毎回の練習で具体的な目標を立てることです。

これは新チームになってから阪大サッカー部でも練習前に自分の今日の目標を言う機会というのが設けられていますが、僕はより具体的に目標を立てることを意識しています。

例えば、トラップを1度も浮かさない、シュートをすべて枠内に入れる等々。

たった1日の練習で自分がうまくなると実感することはほとんどないと思いますが目標をたてて意識することで練習の質は大分変わってくると思います。

2つめは常に試合中を意識することです。

これは、高校のサッカー部の顧問から常々言われていたことで、どの練習が試合中のどの場面に該当し、また、そこで自分が何を求められているのかを考えながら練習に取り組むことで試合に近い、質の高い練習になります。ロングキック1つをとっても、試合中に助走を何歩もとって蹴れるのはGKかCBぐらいですし、僕のポジションであるボランチではトラップしてから1歩程度の助走で蹴らないと相手にとられてしまいます。当たり前のことですが、練習が試合につながるわけで練習と試合を切り離して考えているといつまでたっても練習の成果というものを試合で発揮できないと思います。

僕は背が高いわけでもフィジカルが強いわけでも、足が速いわけでもありません。サッカーはお世辞にもうまいとはいえないし、僕よりうまい人は阪大サッカー部にも何人もいます。特にこれといった特徴もない僕が試合に出て活躍するには、日頃の意識や頭の部分で他の人に勝つしかありません。この練習中の意識を忘れずにこれからも取り組んでいきたいと思います。



2020年7月23日木曜日

言葉 2年 梶恭介


はじめまして。新2回の梶恭介です。
まずはじめに、1つ前の人が大先生のような文章を書いたせいで、僕も技巧を凝らした文章を書かないといけない気になっていますが、そんなことは出来ません。すいません。読みやすい文章になっていると思いますので、ぜひご一読ください。
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最近になって、言葉って不思議なものだなと感じるようになりました。言い方によって意味が変わってくるし、その人の性格や気分次第でプラスにもマイナスにもとらえられる。人にはそれぞれ忘れられない言葉が1つはあると思います。僕の中のそれは、サッカー人生において出会いました。

「お前が1番下手や、サッカーやめろや!」

サッカーを始めて5年が経った中学2年の頃、なんとなくサッカーを続けていたある日、練習の紅白戦でコーチから急に名指しでそう言われました。中学生という多感な時期に大の大人(しかもガラが悪い)から怒号のように発せられたこのストレートな一言で、まだまだ真面目な子供だった僕のメンタルはぐちゃぐちゃにされました。当時は、どう変換してもポジティブな意味で捉えることは出来ませんでした。そんなの当たり前で、誰がどう見てもネガティブな意味しかないからです。

普通、こんなに罵声を浴びせられたらサッカーをやめてしまうのではないかと思います。しかし僕の場合、やめる・やめないを悩む余裕も時間もなく、練習に追われる日々で、次また怒られるんじゃないかという恐怖でただがむしゃらに上手くなるように練習しました。毎日が大変だったけれど、なんとか中学の最後の大会ではいい成績を残すことができました。

恐怖が自分を成長させてくれたことは間違いありません。しかし、僕がここで言いたいのは、言葉が僕を突き動かしたことです。当時言われた一言が、十数年たった今でもたまに悔しくて頑張らないとという気持ちにさせてくれます。普段の練習でも、先輩に言われた何気ない「ナイス」や「頑張れ」のシンプルな一言でテンションが上がり、プレーに影響してきます。つまり、誰でも簡単に他人のモチベーションをあげることは可能なのです。どんなに苦しいときでも、お互いがお互いを励まし合えるチームこそ最高のチームだと思います。

最後になりましたが、最近コロナ自粛で実家に帰り、部屋の整理をしていると、中学卒業の時の寄せ書きにあのコーチの一言が添えられていました。

「現状維持は衰退」

今思えば、たしかに当時、上手くなろうとする訳でもなくサッカーを続けていた僕は現状に甘んじていたのかも知れません。これからのサッカーを含めた大学生活において、この言葉を胸に日々精進していきたいです。

最後まで読んでいただきありがとうございました。




2020年7月19日日曜日

春過ぎて夏迎え、未だ冬眠中 2年 劔佳吾

早いもので最後の練習から4ヶ月が経つ。待ちわびた桜もとっくに散って、なかなか止まぬ雨を憂う日々が続いている。程なく大っ嫌いな虫たちが長い雨宿りを終えて飛び立つ頃かと思うとなお一層気が沈む。日に日に夏の足音が大きくなっているそんな中、私は依然として土の中で眠っている。
  
 新チームが発足して8ヶ月。怪我に怪我を重ね、私がフルで練習をこなしたのはそのうちのわずか5日。この数字をみて改めて自分の味噌っ滓ぶりに腹が立つ。サッカーをしないサッカー部員などチャーシュー抜きのチャーシュー麺かタイヤのないフェラーリも同然。まったくの無価値である。よっぽど気圧計やコーナーフラッグの方が活躍していたに違いない。
 
 無論そんな状況は到底耐えうるものではなかった。私は日頃、喜怒哀楽の中二つは見せんと強固な仮面を被り感情を殺している。けれど本来かなり血の気の多い性分である上に重度のサッカー馬鹿だからこの数ヶ月は燃えるような想いで過ごしてきた。練習中ピッチの中にいれないことや、試合を前に指を咥えるしかないこと。そういったサッカーに関する全てのことが憤りとなり苦しみとなった。

 本音をいえば、途轍もなく辛かった。吹田のグラウンドを見るのも苦痛だったし、サッカーをしている同期の顔をみると涙がこぼれそうだった。もはや何もかもが嫌だった。けれど結局は、今の自分が嫌いで許せなくてしょうがないのである。ひどく落ちぶれた不甲斐ない自分を思うたびに堪らなく気が狂いそうになる。

 日々の波はあれ、長いスパンで見れば自分は常にピークの中に生きてきた。年と共に成長し強くなっていた。だが今人生で初めてピークが過去にある。今の自分はベストの自分に遠く及んでいない。遅いし弱いし故に自信もない。だから毎プレー負け続ける。自分の持つ力全てを出せぬならば他人と競争する過程にはいないと私は考えている。大凡不戦敗のようなもの。私はこの一年間戦う土俵にさえいなかった。自分に負ける悔しさとは想像を絶するものであった。怒りなどとうに通り越してあらゆる負の感情が最高潮に達し束となって自分に押し寄せてくる。間違いなく自分のなかで一番嫌いな感情であった。

 紛れもなく、その感情を消し去るためには自分が自身に打ち克つ他ない。だから私は自分のかつての残像を追いながら己に鞭を打ち続けた。おかげでこの練習無き数ヶ月間を一日たりとも後悔することなく過ごすことができた。少しずつ目指す自分に近づけていると感じている。チームの一員としても半年弱の大きな遅れを取っていたものの、漸くスタートラインには立つことができたと思う。闘っていく準備は整った。


 そうこう書いているうちに近日中の練習再開の知らせが入った。このブログが出る頃には練習が始まっているかもしれない。

 何にせよ、ようやく長い冬眠を終えて土から顔を出すことができる。呆れるほどに長い充電期間であったけれど、人が長く助走をつけるほど遠くに跳べるように、私も耐えて堪えた分だけ強くなれると信じている。もしかすると空回りに終わるかもしれない。あるいはまた身体が壊れてしまうかもしれない。でもそれだっていい。とにかく死力を尽くし続けようと思う。クラッチ踏んでローギア入れて、なんてもうとってもやってられない。エンスト覚悟でトップギアに入れてぶっ飛ばしていきたい。

2020年7月17日金曜日

First year 2年 石田峻平



はじめまして、2年ゴールキーパーの石田峻平です。
大学に入学してから一年以上が経過し、その中での自分の変化について書こうと思います。 

それは、サッカーの試合を見る機会が増えたことです。大学に入る前までは、BSサッカーや代表戦など、見ても年10〜20試合程度でしたが、大学に入ってリーグ戦のやっている時は週に2,3試合観るようになりました。決してまだ多くはなく、むしろ少ない方ですが、個人的には大きな変化だと思っています。

一口にサッカーの試合といっても色々ありますが、一つは海外のリーグやJ含めプロの試合を見ます。ありがたいことに昨年の10月ごろから特別な契約によってDAZNを見ることのできる環境にあります。そのため、好きな対戦カードがあればその都度見るようにしています。正直なところ、観て学ぶというよりかは素直にプレーを観て楽しんでいる割合がほとんどを占めているので毎回、毎回、自分のプレーのために何かを得られているかは分かりませんが、以前よりは確実にサッカーについての理解が少しずつ深まっているように感じます。

そして、もう一つは自分のプレー含め大学サッカーの試合です。公式戦だけでなく、練習試合、時には練習での紅白戦もビデオで撮って、その日か次の日には見られるので、常日頃プレーの改善に生かしています。他にもスカウティングや大会の決勝戦など自分のプレーを見るときとは違った観点から観戦する機会が増えたのも一つの変化です。

これまでサッカーを見る機会が増えたことについて書いてきましたが、実際のところ、試合を見終えた感想は、この選手がうまかったとか、あのゴールはすごかったなとかその程度で今はまだ、サッカーの知識がないという弱点を少しずつ平均のレベルまで引き上げる段階です。最終的な目標としてはゲームの中でチームの修正点を見つけ、改善できる力をつけられるようにしたいと思います。そのためにも、よりサッカーの理解度を深めて、今まで以上にサッカーを楽しめるようになりたいです。

2020年7月15日水曜日

決意 2年 出口大


はじめまして。新2年の出口大です。
入部当初からM2などと老けいじりをされてきましたが、最近医者にも「若者の薬は君には効かない」と言われてしまい、僕は若くないんだなと痛感しました。

今回は、僕にとってのサッカーについて少し書いていければと思います。

僕にとってのサッカーは怪我と共にあると言っても過言ではないくらい常に痛い状態でプレーをしています。
特に高校に入って、高1の夏前から膝の慢性的な痛みで一年以上プレーが出来ませんでした。
高2ではギックリ腰になったとき精密検査をしたところ、ほぼ先天性に近い腰椎分離症が見つかり、医者にはどうすることもできないと、サジを投げられました。
試合の日には必ず痛み止めを飲み、時には、寝返りを打った痛みで起きることもありました。
そんな状況でサッカーをし続けるのは精神的にもかなり辛く、高校卒業する時にはサッカーを辞めようと思っていました。

しかし、僕は結局体育会サッカー部にこうして所属しています。
その理由はやはりサッカーが大好きで、サッカーをしていない自分が全く想像出来なかったからです。
暇があればサッカーの動画を見て、寝る前もサッカーのプレーについて考えたりしています。僕にとってサッカーは日常の一部になっていました。

残念なことに、今も怪我と向き合いながらプレーをすることが多いです。
病院に行ったり、プレー後のケアなどやることは人よりも多く、医者にもそこまでサッカーしたいか、と聞かれることもしばしばです。親にも心配をかけますし、サッカーにかける時間を他に費やせばもっと何か別のことが成せることがあるかも知れません。
しかし、僕にとって、サッカーが大好きで何事にも変えられないものだからこそ、こうしてやり続けていられます。親や友達など応援してくれる人が僕の周りにはいます。周りで支えてくれる人への責任もあると思います。

だからこそ、サッカーに対してもっと真摯に取り組んでいきたいと思います。
練習から頭を常に使って、一つ一つのプレーにこだわり続けて、チームの中心選手になりたいです。
ピッチに立てば、僕の怪我も学年も関係ありません。
やるからには全力で。