2022年8月21日日曜日

「自分」 2年 金丸周平



こんにちは。2回の金丸です。先輩方のブログをみていると、皆さんサッカーについて書いていると思いますが、僕のサッカーについてはあまり書くことが思い浮かばなかったので、僕の人となりについて書きたいと思います。


突然ですが、皆さんには「芯」がありますか?僕が思う「芯」とは、「これだけは誰にも譲れない」、「これをしたい」、「こうなりたい」、と言ったようなブレない意志のことです。僕はこの中でも「自分がなりたい姿」に対しての「芯」について書きたいと思います。


「芯」について書くとは言ったものの、僕には「芯」と言うものが全くなく、中身も何もなく、ふらふらしているからっぽな人間です。自分の体格とよく似ている。自分の言葉に責任も自覚もなく、その場の思いつきで口先からでた僕の言動には、さぞかし多くの人の信頼を失い、迷惑をかけていたでしょう。本当にすみませんでした。


自分への卑下はこの位にして、本題に入ります。「なりたい姿」などと考えるようになったのは新チームが始まってすぐのことだった。新チームが始まってすぐに怪我をしたのがきっかけだった。高校の時から怪我が多く、大学でのサッカーが始まってからもちょくちょく怪我をしていて、練習を離脱することも多々あり、今回の怪我は全治2〜3ヶ月ほどでした。普段の僕なら、「またか」くらいだっただろう。しかし、今回は違い、12月に4回生の方々が引退し、1ヶ月という長期オフが明け、新チームが始動し、A・Bチームに分かれる時だった。タイミングが悪かった。去年の反省を生かして頑張ろうと思った矢先だった。かなり悔しかった。「なんで今やねん」と何度も思った。チームメイトが一生懸命努力している姿、その日のプレーについて練習が終わってもずっと議論している姿、1日ずつ着実に前に進んでいる姿、それをベンチでただ眺めているだけの自分。これほどまでに辛かったことはなかった。正直なところ練習に行くのも辛かった。今まで自分がピッチの中で見ていた景色とは全く違った。自分だけが置いていかれるような気になり、自分の存在意義までもわからなくなった時もあった。自分がいなくてもなんとかなる。自分の存在意義なんてその程度だとも思った。確かに自分1人がチームにいなくても対して影響はないだろう。だが、今思い返すと、焦燥感だったり、先が見えない怪我に対する不安、私生活での悩み事など様々な要因が重なり合い、敏感になっていただけなのかもしれない。ただ、それほどまでにサッカーをしない生活がしんどかった。


僕からサッカーをとれば何が残るのか。

グラウンドにあるベンチに一人で座りながら練習に励むチームメイトをみて、自分は何をしているのかとういうことを考えることが増えた。そう考えるうちに、自分がどんな人間なのかについても考えるようにもなった。


そんな中であることに気がついた。「嫌だ」、「やりたくない」その言葉が言えなかったことだ。心の中では不満に思っていてもそれを表現できなかった。たいていのことは「いいよ」と受け入れてしまっていた。


「これが本当に自分のなりたい姿なのか?」


そんなはずがなかった。

何のために、自分を押し殺してまで他人に尽くすのか。その答えは、自分が他人本位な生き方をしているからだ。今まで、何をするにしても他人のことを考えていて、相手がどう思うか、どのように感じるのか、といったことを無意識のうちに考えていた。自分のなりたい姿は「他人から好かれる人、やさしい人」だったのだろう。自分を良く見せて、「いい人」であろうとしていた。

ただ、「いい人」であろうとしていてもそれは結局のところ他人からすれば「都合のいい人」。やさしくも何ともない。ただ、自分という人間を認めてもらうための、自分の存在意義を他人に肯定してもらうだけの行動に過ぎなかった。


ただ、そのことに対しても無意識のうちにストレスを感じていた。怪我をして自分に余裕がなくなると、それが一気に溢れ出した。なぜここまで他人に尽くさなければならないのか。なぜ自分がしたいことはできないのに、自分が他人にそこまで尽くさなければならないのか。


「なら、本当に自分がなりたい姿は何か?」


何日も悩みに悩んだ結果、具体的な姿はどうしても浮かばなかった。


「自分になること」


これが、最終的に出した答えだった。

冒頭でも話したように、僕はからっぽな人間だ。自分の考えも意見もふらふらしていて、考え方の「芯」なんてものはなく、その場の思いつきで行動してしまう。そんな人間であることを肯定する訳ではない。ただ、他人本位の生き方をやめて、自分と向き合う生き方をする。我慢なんてし過ぎなくていい。自分の気持ちに正直になり、他人の目など気にしない。自己中心的になるわけではない。自分の意見を表現する、嫌なことは断る。「いい人」をやめる。


長々と自分語りをしてしまい、誰得な文章になった上に、拙く読みづらい文章だったと思いますが、最後まで読んでくださりありがとうございました。


「終わりを意識して」 2年 一井倫太郎


こんにちは。2回の一井倫太朗です。

こういった文章を書く場で初めに、「読みづらい文章ですが〜」と予防線を張るのはダサいと同期の間で散々盛り上がったので書き始めがわかりません。拙い文章ですが、最後まで読んでいただけると幸いです。


僕がサッカーを始めたのは5歳のときで、なぜサッカーをしたいと思ったのかは正直覚えていません。きっかけもサッカーをする理由も曖昧なままでしたが、今でも僕の人生の中心にはサッカーがあります。そんな僕が大学でぶち当たった壁についてお話します。


「大学でも部活するってすごいな〜」

この言葉を友達から言われる度、違和感を持つと同時に自分の痛いところをつかれたような感覚を覚えます。大学に入っても本気でサッカーをするんだろうなとなんとなく考えていた僕は、言わば大学サッカーをすることを自分で選択していないからです。幼稚園の頃からずっと変わらず、サッカーをやめる覚悟のなかった僕はずっと、やめるという選択を避けてサッカーを続けてきたのではないかと自身に対して懐疑的になりました。他方で大学に入ってからは別のサークルに入ったり、新しいバイトを始めたり、自分たちで旅行を計画する友達が輝いて見えました。選択を避けている自分に対する後ろめたさから、「すごい」という言葉はとてもじゃないですが受け取りがたいものでした。


かと言って、サッカーをやめるという選択肢もありませんでした。それはおそらく僕はサッカーが大好きだからです。僕のサッカー人生の中で幾度かあった最高の瞬間、そのときの喜びや感動は何にも言い表せないものです。練習してきたことが試合で上手くいった瞬間、チーム一丸となって初めて県大会出場を決めた瞬間、高校サッカーの引退がかかった試合で自分が決勝点を決めた瞬間、そのような理想の瞬間を求めて今もサッカーを続けているのかもしれません。


結局サッカーをする理由は何なのかと言えば、そんなものは大して必要ないのかなと今は考えています。強いて言えば好きだからです。もっと大切なのは辞める覚悟をもつことだと思います。そして大学サッカーという舞台に立って今初めて終わりを意識しています。おそらく本気でやるサッカーは、大学4年間で最後になると思います。あと2年半、どこまで自分は成長できるか、一日一日を大切にしようと思います。


最後に、僕がなんとなくサッカーしたいと思ったのを快くさせてくれ、今もずっとサポートしてくれる両親にはとても感謝しています。また親だけでなく、これまでサッカーを通してつながりを持った友だちやコーチ、先輩、後輩など全ての人に自分のプレーで恩返しをしたいです。サッカーをする理由は無くていいと言いましたが、強いて強いて言うならば、好きであることと感謝です。僕が言う最高の瞬間には必ず、こうしたサッカーを通した周りの人とのつながりが背景にあります。

これらを背景にあと2年半、サッカー人生の終わりまで自分にできることを積み重ねていこうと思います。


部員ブログは以上です。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

2022年6月2日木曜日

「筋トレのすゝめ」 3年 松山凌大

 

こんにちは、あるいはこんばんは。

ちょうど2年後BEST BODY JAPAN大会を控えた、阪大体育会サッカー部3年の松山凌大です。部員ブログで同期のみんなは自分の現状や今までのサッカー人生などを書いてくれているので、今回僕はみんなと異なったテイストにしたいなと思い、このテーマを選びました。

まず、「アスリートなら勿論、一般人でも男たる者全員筋トレをしよう。」ということです。

アスリートであるならば、試合で勝つために己の身体を鍛え上げ、競技レベルを高めることは、僕は当たり前だと思います。よく「心技体」とも言われるようにスポーツをする者にとって、自分の身体(フィジカル)の向上は、技術練習と同じくらいの時間、熱量をかけてやるのは当たり前だと考えます。パワーの向上によって、できる技術、プレー増えると思うし、身体の大きさが相手にオーラを与えることだってあるからです。まして、関西2部リーグの中で技術に劣る僕ら阪大サッカー部が1部に上がるためには、フィジカルの部分にもっと徹底的に取り組んでいくべきだと思います。しかし、チームで筋トレの時間はほぼ取れない以上、個人の裁量に任せないといけないところが難しい課題だと思います。筋トレはやる人はやるし、やらない人はやらない。やはり、自分に鞭をうって、追い込むことは難しいことので、筋トレは人に言われてやることではないと常々感じます

話は脱線してしまいましたが、次はスポーツをしていない人も筋トレをすべき理由についてお話しさせていただきます。僕が大きなメリットと考えることは、人からナメらなくなること、おしゃれに自分を飾らなくもシンプルな服装でオシャレに見えることだと思います。海外でも、人からナメらないようにする為に筋トレをすることは当たり前らしいです。2つ目に述べたことは完全に自分の理想です笑

ここまで色々なメリットを述べましたが、筋トレをする1番のメリットは、日々自分の身体をえていくことで、何か成功体験なようなものを詰めて、その結果自己肯定感が上がることではないかと考えます。僕も勿論、サッカーにおいてのフィジカル向上の為に筋トレに励んでいますが、それだけでは続けられないと感じています。日々変わっていく自分の身体を見て、嬉しくなる気持ちが自分をきついトレーニングに向かわしているのだと思います。

ぜひみなさんも3ヶ月ジムに通っててください!

2022年5月25日水曜日

「俺は今なんだよ!!」 3年 森岡晃琉

 

こんにちは。大阪大学体育会サッカー部三回生の森岡晃琉です。

題名はスラムダンク山王戦より、桜木花道の名言を引用しました。スラムダンク、良いですよね。泣けるほど感動するとはよく用いられる表現ですが、本当に涙が溢れたのは初めてです。おすすめするのもおこがましい程名作ですが、読まれたことがない方は是非。

話が逸れましたが、今回の部員ブログでは僕のサッカー人生を振り返りつつ、大学サッカーへの思いを述べようと思います。最後までご一読頂けると幸いです。

僕がサッカーを始めたのは小学二年の時でした。長友佑都に憧れ、下手くそな自分に腹が立ち泣きながら練習をした時期もありましたが、友達がいるというだけで始めたサッカーは小学生の僕にとって単なる趣味でしかなく、そこまで熱を持って頑張るものではありませんでした。しかし、中学生に上がると幸運なことに顧問に恵まれ、初めて一生懸命頑張ることの楽しさ・上達する喜びを教えてもらいました。次第に僕はサッカーに魅せられ、オフの日も公園で日が落ちるまでサッカーをするといった、絵に描いたようなサッカー小僧と化していったのです。

そんなサッカー一筋人間は、高校進学を機に大きく変貌することになります。私の入学した高校のサッカー部には真剣にサッカーに取り組んでいる人は殆どいなかったのです。皆がサッカー大好きで、一生懸命頑張っている環境は当たり前だと思っていた僕にとって全く理解の出来ない状況がグラウンドに広がっていました。部活がだるいという概念も、筋トレ器具で遊び出すことも何もかも訳が分かりませんでした。そんな僕はさぞかし浮いていたことでしょう。実力も特に秀でていたわけでもなかったので尚更です。しかし人間の適応能力というのは怖いもので、入部当初はあんなにむかついていた状況を次第に受け入れ出しました。僕だけ頑張ればいいやという思いもあったのかも知れません。

そんなこんなで僕が一番頑張っているキャラになり、キャプテンを引き継ぐことになります。肩書きだけ見たら中々イケてますよね。サッカー部キャプテンで成績優秀。少女漫画なら圧倒的ヒロインです。それだけキラキラ出来たらやりがいもありますが、実情はそんな生活とはほど遠い毎日でした。毎日部員を怒り、練習を成り立たせる事だけで精一杯。試合にも負け続け、メンタルもズタボロな僕は戦犯になり続けます。部活が嫌で嫌で仕方なく、サッカーなんてとっくに嫌いになっていました。

ですが、今僕は大学でもサッカーを続けています。当時の僕からしたらなぜ続けているのか意味が分からないでしょうが、大学でサッカーを頑張る原動力に高校時代の後悔があります。僕は結局高校サッカーを頑張りきれませんでした。そもそも、部の雰囲気に馴染みだした時点で自分を追い込めているわけがないのです。まあこれくらいすれば良いだろうと限界を決めて惰性でやっていたに過ぎません。また、キャプテンだったのに自分が率先して後輩の模範になることが出来ませんでした。結局口だけで、しんどいから背中で語ることから逃げたのです。環境のせいにして、もっともらしい文句を並べて、自分で状況を打破することを諦めていました。

僕は高校生だったときの自分が大嫌いです。体育会サッカー部に入部した動機も弱い自分を変えたいという一心でした。二度とこのような後悔を残さない為にも、「今」に一生懸命な人間である為にも、最後までもがき続けようと思います。

最後まで読んで頂き有り難うございました。

2022年5月17日火曜日

「思い立ったが吉日」 3年 藤村建斗

 

こんにちは、あるいはこんばんは。

最近SPY×FAMILY にハマっています。SPY×FAMILY が好きな方はここでいいねをお願いします。

誰に向けた訳でもない文章を書くのは苦手なので、リクルート班の長として、入部するか迷っているであろう誰かに向けてこの部員ブログを書こうと思います。


僕は少し遅れてこの阪大サッカー部に入部しました。入学して半年間、バイトもせず、友達も出来ず、ずっとYogiboの上で生活していました。その結果、体は痩せ細り、「簡単に金を稼ぐ方法」をネットで検索するくらい脳みそも痩せ細ってしまいます。


そんな生活の中でふと高校時代のサッカーの写真を見返すと、漠然とまたサッカーを本気でやりたいと思うようになりました。そこで決断してしまえばいいものの、人間というのは楽な方を選んでしまう生き物です。部活に入りたいと心の奥底では思っているものの、「大学まで行ってサッカーやる?」「高校サッカーで満足したんじゃない?」と自分に言い聞かせ、挑戦から逃げていました。友人に相談もしましたが、あの時の僕は自分の中で答えが決まっているのにとりあえず相談する女々しさ満点の男でした。


結局、高校時代の恩師の「迷った時は苦しい方を選べ」という言葉に背中を押されて入部を決めましたが、早く自分のサッカーが好きだという気持ちに素直に従ってしまえばよかったと今になっては思います。


入部を迷っている方にこの言葉を紹介します。「『思い立ったが吉日』ならその日以降は全て凶日」

かの神漫画トリコの名言ですが、このブログを見て入部を思い立ったなら、即時このアカウントにDMを送り、グラウンドに足を運びましょう。真剣にサッカーに取り組めて、人間的に成長できる環境がここにはあります。後悔はしないはずです。(詳細は島岡クンの激アツ部員ブログをご覧ください。)


最後になりますが、このブログが一人でも多くの方が一歩踏み出すきっかけになれば幸いです。

割とマジで拙い文章でしたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

2022年5月11日水曜日

『逃げ』は役に立たない  3年 古谷剛朗

 



 こんにちは。大阪大学体育会サッカー部3年の古谷剛朗です。

 題名に関してですが、某人気ドラマに喧嘩を売っているわけではないので悪しからず。

 僕は他の人のようにユニークなことを書ける人間ではないので、ただの自分語りで面白みのない文章になってしまいました。読みにくいかもしれませんが、暇なときにでも目を通していただけると幸いです。


 どうして今自分はサッカーをしているのか。

 最近ふとした時に頭をよぎる。高校までのチームメイトはほとんどサッカーをやめてしまっていて、大学の体育会で続けている人は片手で数えられるほどである。友達のインスタには毎日のようにどこかへ行ったストーリーズや投稿があがっている。大学生らしいなと時々羨ましく思うこともある。でも僕には大学でもサッカーをする以外の選択肢はなかった。自分がサッカーをしていない姿が想像できなかった。サッカーが好きで、それが自分の進む道として当然だと思っていたからだ。この気持ちに嘘は微塵もない。だがそれは、ずっと続けてきたサッカーをやめるという決断をすることから目をそらしたということもあるのかもしれない、とこのブログを書き始めて気づいた。


 思えば僕はずっと楽な道に逃げてきた。今までの自分を振り返るとそう言わざるを得ない。練習では紅白戦から2vs2にいたるまで上手いやつと同じチームになることを望み、挑みにはいかなかった。中学でも高校でも最高学年の時は試合に出ていたのでそれで満足していた。

高校では選手権まで続けるつもりだったが、浪人したくない気持ちと、残る同期が少ないからという理由で総体が終わった5月で引退した。後悔がなかったわけではないが、当時はそれで納得していた。無意識のうちに無理やり納得させていたのかもしれない。でも秋まで残った同期のうちの一人が、毎日のようにサッカーをしているにも関わらず、夏に志望校を上げ、現役で合格した。彼が試合中に吐くこともあったということを聞いたときに、自分の選択が「逃げ」だったことを再確認させられた気がした。結果的には僕は志望校に現役で合格できたので間違った選択ではなかったのだろうが、もっと自分を高めることができる道があったのに、それを分かっていながら見ないふりをした。今になっても何とも言えないもどかしい感情は消えていない。

 逃げてきたがために今苦しんでいる。基礎練習から逃げてきたので止める蹴るがうまくいかない。対人練習から逃げてきたので守備ができない。自分がAに上がれない理由を考えてみると、ほとんど過去の自分の逃げに起因する。タイムマシンがあれば過去の自分に逃げるなと言ってやりたい。そして現状を見せてやりたい。


 どうして今自分はサッカーをしているのか。やめる決断を先延ばしにしているのではないか。

山積みになったやるべきことの前に立つとそんなことは考えるだけ無駄に思えてきた。後悔を残したままやめられるはずがなかった。大学サッカーは折り返し地点にきた。尊敬できる仲間とこの上ない環境で、本気になってサッカーができる時間は僕にはそれほど残されていない。もう逃げてはいられない。サッカー、そして自分に対して真摯に向き合い、成長を遂げたうえで引退を迎えたい。サッカーをやめる理由はその時にでも考えよう。


まとまりのない文になってしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

2022年5月6日金曜日

Kento Morita 3年 盛田健斗


 こんにちは。大阪大学体育会サッカー部新3回生の盛田健斗です。今回部員ブログを書くにあたって、自分のサッカー人生を振り返り、これからの意気込みを語ってみたいと思います。拙い文章になる可能性が高いですが、最後まで読んでいただけると有難いです。


僕は、小学校に入学するタイミングで地域のサッカークラブに入るという決断をしました。どうしてサッカーをしようと思ったのかという理由は覚えていません。当時の僕は丸々と太っており、持久力が皆無でした。全く走れなかった僕は、試合よりも、試合と試合の合間の時間での遊びのサッカーテニスや鳥かごの方が楽しいと思っているレベルで、正直サッカーという競技の面白さに気付いていませんでした。そんな僕の小学校の頃の転機といえば、3年生の頃にインフルエンザにかかったことだと思います。ぽっちゃりだった僕は、この時初めて食欲を失い、食べる量が激減したおかげで、3日くらいで6キロの減量に成功したのです。インフルエンザから復帰し、腹周りの贅肉の枷が少し軽くなった僕は、サッカーの試合でも少し走れるようになって、サッカーの試合が楽しいと感じるようになりました。それからサッカーという競技にのめりこみ、中学、高校とそれなりの熱量をもって取り組んできました。

高校生の頃の僕は、高校サッカーが一番アツくなれるもので、選手権が自分にとって最後の本気でサッカーができる舞台だと思っていました。しかし、僕の代のチームメートは総体で負けた後、多くが選手権まで続けず、引退してしまいました。かなり戦力ダウンしてしまった状態で、選手権に向けて自分なりに努力しましたが、結局は決して強いとは言えないチームにボコボコにされて負け、僕の高校サッカーは納得のいかない終わり方をしてしまいます。かなり不完全燃焼に終わってしまった僕は、大学でもサッカーを続けると決めました。


そして一年の浪人生活を経て、阪大の体育会サッカー部に入部し、現在に至るわけですが、この二年間を振り返ると、試合に全く出られない、怪我でサッカーをすることができない、など悔しい思いばかりしています。二年後、引退するときに自分が納得できるために努力を続けることだけが、現時点での僕にできることです。腐らずに努力を続ける過程で、新たな気付きや成長があると思います。今現在、僕は過去最高に頑張らないといけない状況にあると思うので気持ちを切らさず、努力を継続させたいと思います。