2021年3月7日日曜日

考え続けるということ 2年 北浦魁人

 


こんにちは、サッカー部のメンバー紹介では「ゆとり教育が生んだポンコツの申し子」と紹介された2回生の北浦魁人です。

僕は志望校の公立高校に合格するために自分自身ではっぱをかけるつもりで、サッカー部の活動が週に1度しかない私立高校を受験したところ、見事に公立高校の受験を失敗してしまったせいで、高校時代は他の部員のようなサッカー部には所属できませんでした。我ながら自分のポンコツ具合には嫌気がさします。

高校3年のブランクはあるものの、やはりサッカーをするのが好きだったので図々しくも大学のサッカー部に所属しています。そんな僕のこの2年間でサッカー部にいて一番つらかったことと一番楽しかったことについて少し書きたいと思います。

一番つらかったのは一回生の時の夏合宿です。1、2回生の時期はしんどくても、3、4回生になるころにちょっとでもリーグ戦に出られるように頑張ろうと決心をして入部しました。

最初の数か月ほどは、体はまだまだ動かないけど高校で出来なかった分ボールを蹴れるだけで楽しくて入部してよかった!と思っていました。しかし、何か月か経って、新人戦、名古屋大学との定期戦があって他の同期が試合に出ているのを見ても、「まあ、(高校の)3年もブランクあるし仕方ない、俺の本番は3、4回生になってからやから」くらいにしかとらえていなかったので、特に悔しさを感じるわけでもなく、どこか他人事のように試合を外から眺めていました。


ところが、夏合宿でこのままじゃだめだなと思い知らされました。僕は、A,B,Cにチーム分けされたうちのCチームとして4泊5日の夏合宿に参加することになりました。この夏合宿では陽炎がのぼる人工芝の上で朝、昼ともに試合が組まれていました。体力のなさに炎天下が相まって、たいしてプレッシャーのかかってないのにもかかわらずボールロストをし、マークしている相手には簡単にはがされまくったことによる罪悪感と、試合中は早く試合が終わって欲しいとしか思えなかった自分の情けなさで辛くて死にたくなりました。僕のミスを黙ってカバーしてくれたチームメイトには感謝してもしきれません。

 

 では次に一番楽しかったことについて、書かせていただきます。

一番楽しかったことは公式戦の北摂リーグです。僕は後半22分からの出場で短い時間でしたが、中学3年の10月から数えて約5年ぶりの公式戦でした。自分の能力的に考えてもまだまだ味わえないと思っていた公式戦の緊張感はやはり最高でした。相手チームも強かったのでボールを保持される展開が続く中、1対2という劣勢の状態から28分中井さん、39分知史さんという4回生のゴールで3対2と逆転できたのも何か見えない力が働いているように感じて感動しました。僕が勝利に貢献できたというわけではありませんが、公式戦に出て勝利を勝ち取ったという経験だけでも1回生の時に何度もやめたいと思ったけど続けてよかったと心の底から思いました。

 

 最後に、

高校時代にサッカーをしてなかった(できなかった)僕と高校3年間しっかり部活動をした他のみんなとではテクニック、フィジカルともに大きな開きがあります。しかし、阪大サッカー部に所属する以上はそれに目をそらさず、言い訳にせず、練習の意味や他の選手にあって自分にないものを手に入れる方法を自分自身で考え続けていきます。

 

要領を得ない文章ですが最後まで読んでいただきありがとうございました。

2021年2月27日土曜日

あと少しの積み重ね 2年 那須健吾


皆さんこんにちは。2回の那須です。


いつも同期の関西出身の人に、おもんないなぁ、関東のやつはこれだから、で、オチはどこ?と言われる自分ですが、今回もコレといったオチはありません。同期や先輩方のブログを読み返して、改めて自分の語彙力、構成力の無さを痛感しました。


僕は幼稚園の時にサッカーを授業で無理やり始めさせられました。運動神経が皆無な自分は当初は何にも面白くなかったのですが、卒園間近で決めたゴールが嬉しくて仕方なく、そこからどっぷりハマり、今までサッカーをずっと続けています。


大学に入ってもサッカーを続けようとは思っていなかったのですが、高校で思うような結果を残せなくてやり切れない気持ちもあり、また大学でもサッカーを頑張って今まで感じてきた感動を味わいたい、と思い入部を決めました。サッカーがただただ好き、というのももちろん一つの理由です。


中学、高校と都大会に出れるかどうか、というあまりレベルの高くない環境でサッカーをしてきて、その環境に甘えてしまってきた自分のせいで現在のサッカーの技術はお世辞にも高いとは言えないです。幸にも自粛明け以降大きな怪我もなくフルで活動できたにも関わらず、昨シーズンはあっという間に過ぎていき、その中で自分は何にもできませんでした。同期が活躍してるのを見るのはすごいなと思う気持ちもありましたが、ただただ悔しかったです。全くサッカーを楽しめていなかったですし、このまま大学サッカーを消化不良で終わってしまうのではないかと考えることもありました。


大学でサッカーができるのも2年もないし、真剣に勝利のために練習する環境も大学が最後です。その中で自分が活躍するためにできることは、どれだけ毎回の練習で全力を出せるかだと思います。今まで自分が妥協してきた、あと少しの努力をこれからどれだけ積み重ねていけるか、そこにこれからの成長がかかっています。一本のダッシュ、一本のパス、一本のトラップ、、、全ての一つ一つにこだわりを持って練習に取り組みたいです。学年も上から数える方が早くなる今シーズンは、この姿勢をチームにも還元していきたいと思います。口で言うのは簡単だし、このような積み重ねの類がとても苦手ではあるのですが、甘い自分が変わる最後のチャンスだと思うので残りの2年間をこだわって、最後のサッカー人生に一花咲かせたいと思います。そして大好きなサッカーを楽しみたいです。


最後に、北野祥太の真似になってしまうのですが、漫画から一つ言葉を引用させていただきます。「勝負事で本当に楽しむ為には強さが要る。」この言葉はハイキューに出てくる言葉で、同様の描写がこの漫画では複数回出てきます。まさに自分が求めているのはこういう強さです。強さを得て勝負事を楽しむためにあと少しの努力を積み重ねていきたいです。


とても読みづらい文章だったと思うのですが、読んでいただきありがとうございました。



2021年2月21日日曜日

吐露 2年 北野祥太


緊急事態宣言下、家ですることがなく5月にはこの部員ブログを書き上げておりましたが、怠惰を貪る同期の手により自分の番が遅れに遅れ、この時期悩んでいた足首の怪我は完治し、膝の靱帯の怪我を経験し、復帰するまでの長い時間が経ち、気付けばシーズンが終わっていました。昨シーズンは新型コロナウイルスの影響も加わって、3ヶ月ほどしか思うようにサッカーが出来ない苦しさを経験しました。5月頃に書いていた文をそのまま投稿しようかと思いましたが、この昨年はあまりにも悔しい気持ちを味わったので、自分の悔しさや弱さを吐き出す形で僕の部員ブログとしたいと思います。


昨シーズン阪大は、Aチームは2部Aの舞台で目標の勝ち点数を積み上げ、最終節は格上相手に勝利をもぎ取り笑顔で最後を迎えていた。BチームはIリーグで見る人を奮い立たせる劇的な逆転勝利を含む怒濤の3連勝を見せ、勝ち上がることは出来なかったが、チームに活気をもたらした。Cチームは長い間公式戦がない中、北摂リーグで終了間際の決勝ゴールを決め逆転勝利で意地を見せた。チームの全員がそのときの全力を出して得られた結果だった。だからこそ昨年はチーム全員での活動が大いに限られた中でもバラバラにならず繋がりが現れていた良いチームだった。そんな中自分はほとんどの試合を怪我人としてピッチの外から見るしかなかった。最後の最後で出場できたIリーグ最終節も最後の笛を聞くことなく救急車に搬送されてピッチを後にした。本当に情けない。この1年何をしたのだろうという思いが頭を巡った。この1年間と自分が思い描えた1年間との乖離に吐きそうになった。怪我でサッカーが出来ない期間は、仲間の勝利を素直に喜べなかった。健常者がサッカーを満足にしているのを見たくなかった。自分だけ置いて行かれているようで同期の活躍がつらかった。サッカーがやりたくて仕方がないのに、冗談でも「まだサボってんのか」って言われるのがしんどかった。久しぶりに会った人にサッカー頑張っているんだねって言われて胸が苦しかった。だってグラウンドで必死に闘っているみんなと比べたらなにもしてないから。復帰してからも、怪我のせいで自分はまだ本調子を出せていないだけと思い込む自分が嫌いだった。自己憐憫に浸っている自分に虫唾が走る。こんな弱い自分を隠そうとして雄弁に語るその手口も嫌いだ。


でも僕は、経験的にこういった悔しさが明日の血となり肉となることを知っている。痛みを抱きかかえながら試合に出続けた副キャプテンや、高校からの怪我が治らず覚悟をもって学生コーチをしてくれている後輩や、痛み止めを飲んで治らない痛みと闘いプレーをする同期の姿にとても奮い立たされる。怪我なんか関係なく今シーズンから自分がチームを引っ張っていく存在になれるように成長したい。応援してくれる人にピッチで闘う姿を見せたい。勝ってみんなと勝利を喜び合いたい。もう後2年しかない大学サッカー人生、ただ「我武者羅」頑張るのではなく、「一生懸命」考えて成長したい。


自分の弱さを見せないことが強さだと思っていたけれど、そんなことはなく、弱さを吐き出すことの方がよっぽど大変だった。リアルという漫画に「等身大の自分を受け入れた人間だけが、他人を受け入れることが出来る」という言葉がある。ありのままの自分を受け入れた今なら、上級生としてチームに貢献できる気がする。


だらだらと頭の中を整理せずに吐き出したような読みにくい文章になってしまいましたが最後まで読んでいただきありがとうございました。


2021年2月17日水曜日

Iリーグ 2年 大島拓


 初めまして、2回生の大島です。昨年はトップチームでの公式戦にはほとんど出場することができなくて、Bチームが初めて出場することになったIリーグで試合に出させていただきました。今回はそこで感じたことを書いていきたいと思います。

Iリーグの目標が勝ち点10と聞いた時、僕は正直難しいなと思ってしまいました。なぜなら、その前の年のBチームが出場していたリーグで1年間一回も勝てなかったり、格上のチームが出場していることに対して弱気になっていたと思います。いざ、Iリーグが始まると2連敗してしまい、格上の相手との差を痛感しましたが、もっとできる、もっとやれるという手応えを感じることもできました。そこから、Bチームキャプテンや学生コーチを中心としてやっていき、3連勝して勝ち点9を積み上げることができました。最後の試合は、勝つか引き分けで目標が達成できるという重要な試合でしたが、逆転負けという形でIリーグの幕が閉じました。

最後の試合で、悪い流れを変えることができなかったのも、相手のフリーキックが壁に当たってそのまま入ってしまい逆転されたのも、初めから勝ち点10というのを目指せていなかった気持ちの弱さが出てしまったように思います。大学の残り2年間は、高い目標に対して絶対に達成するという強い気持ちを持って、自分を信じてやっていきたいです。


2020年12月24日木曜日

感情 2年 松永健太郎




こんにちは。2年の松永健太郎です。

他の人の部員ブログを読んでいると、みんな面白い書き出しをしていて感心したのですが、残念ながら僕はユーモアのセンスを持ち合わせてい
ので、そこは割愛して早速本題に入りたいと思います。


突然ですが、皆さんにとってサッカーはどんな存在ですか?人は何故サッカーに夢中になるのでしょうか?これは人の数だけ答えが存在する問いかも知れませんが、僕は最近その自分なりの答えを見つけることができたような気がするので、この部員ブログという場をお借りしてそれについて述べさせて頂きたいと思います。拙い文章かも知れませんが、何か伝わることがあれば幸いです。


僕は4歳の頃にサッカーと出会い、それ以来16年間自分なりに本気でサッカーを続けてきました。ですが、決して華々しい実績を残してきたわけではなく、高校時代の公式戦スタメン出場は3年間でわずか1回、阪大サッカー部に入部してからは未だに公式戦未出場です。実力不足に加えて度重なる負傷離脱もあり、何故自分がサッカーをしているのかわからなくなることも何度かありました。そんな中、先日、Cチームの今シーズン最初で最後の公式戦である北摂リーグを、補助員としてピッチの外で迎えました。格上の相手に対し劣勢の時間帯が多かったものの、阪大は終盤の大逆転で劇的な勝利を収めたのですが、その逆転の瞬間、危うく泣きそうになるくらい強い感情が僕の中に生まれました。今考えると、あれはたぶん嬉しさ、誇らしさ、そして同じ舞台に立てなかった悔しさが入り混じったような感情だったのだと思います。皆さん、そういった感情が日常生活の中で生まれた経験ってどれくらいありますか?恐らく、普段の暮らしの中では滅多に味わうことができないものなのではないかと思います。実際、人目もはばからず大声を上げたり、汗まみれのいい年した男達と輪になって抱き合ったりするほど感情が爆発する場面、日常生活ではなかなかないでしょう。だからこそ、そういった体験を求めて人はサッカーに熱中するのだ、というのが冒頭で述べた問いへの僕なりの答えです。


僕たちはサッカーで大きなお金を生み出せるようなエリートではないし、プレーで観客を魅了できるスーパースターでもありませんが、サッカーを通して見る人や自分達自身の中に強い感情を呼び起こすことは不可能ではないと僕は思っています。それが喜びなどプラスのものの時もあればそうでない時もあると思いますが、どちらにせよその経験には筆舌に尽くしがたい価値があるはずです。ただ、それらが生半可な努力で得られる代物ではないのも理解しています。それでも、色々乗り越えた先には、また自分や周りの人の感情を強く動かせる瞬間があると思うので、折れずに日々の努力を積み重ねていこうと思います。


抽象的でぼんやりとした文章になってしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

2020年12月12日土曜日

我武者羅 2年 神山歩夢



皆さんこんにちは。阪大サッカー部2年の神山歩夢です。


いつもくだらないことでふざけあっている仲間たちが、心に刺さる文章を量産しているため、内心とても焦っていますが、自分にもそのポテンシャルが秘められていることを信じて、素直な考えを書き進めていきたいと思います。


突然ですがつい最近、僕のサッカー人生において、久しぶりの長期離脱を経験しました。幸運にも、高校時代は大きな怪我や体調不良が全くなく、大学でもこれまで順調にサッカーをやってこれていたので、サッカーをしない日常は不思議な感覚でした。ただ、自分にとっては、ピッチ外からサッカーを、チームを、そして仲間達を見れた貴重な期間でもありました。そんな中で、あることをずっと考えていました。


「俺、今のスタメンにどこで勝てるんだ?」


ピッチの外から紅白戦などを見て色々考えた挙句、僕は阪大で一番「怖い」選手を目指すことにしました。もちろん、容姿の話ではなくて。技術面などに関しては、あと2年でスタメンを追い越せるなんて自分でも全く想像がつきませので。


オフェンスである僕が思う怖い選手とは、一言で言えば最もゴールに貪欲な選手。僕もかつてディフェンダーをやっていたことがありますが、向こう見ずにゴールに突っ込んでくる選手は、対峙しててとても脅威だった感覚が残っています。怖い選手と言われて、僕は真っ先に岡崎慎司選手を思い浮かべます。めちゃくちゃ足元がうまいわけではないが、気持ちでボールをゴールに押し込む。幼い頃からこんなプレーに憧れて、ずっと好きな選手として岡崎選手を挙げていたのを今でも覚えています。


「ゴール」というたった一つの目標のために、ひたすら走り、ひたすら体を張り、ひたすら声を張り上げる。いつになってもあの白球を思い通りに扱うことはできませんが、勝利のために体を投げ出す覚悟を持って、日々サッカーに取り組んでいきたいと思います。


ブログは以上になります。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

2020年11月23日月曜日

サッカーしようぜ 2年 田上正彦


 初めまして、2回生の田上正彦です。

ブログを書けと宮田に言われてからもう1ヵ月程経ちますが、決してアイドルに夢中で遅れてしまったわけではありません!毎日、毎日内容が頭に浮かんでくるのでまとめるのに少し時間がかかってしまいました。ちなみにアイドルはもう卒業したので、一応伝えておきます。正直言うとブログを書くのは面倒でしたが、どうせ書くならということでサッカーについて真剣に書きました。最後まで読んで頂けたら嬉しいです!

 

僕は4歳の頃にサッカーを初めて早、16年が経ちました。色んなタイミングで辞めることはできたと思いますが、結局二十歳になってもほとんど毎日練習し、家に帰ってもプロの試合を見たりと、まるで小学生の頃となんら変わっていない生活を送っていることに驚きます。僕がここまでサッカーを続けて来られた理由を改めて考えてみると、色々思い浮かびました。勝利した時や、ゴールを決めた時のあの体の中からこみあげてくるような嬉しさや、チームメイトとの楽しい生活はもちろん、単純に体を思いっきり動かしたいという思いなどさまざまです。その中でも特に僕がサッカーを続けてきた理由のひとつは、サッカーをすればするほどこのスポーツの深さを知るようになり、そしてその魅力にどんどんはまっていく事だと思います。

 小学生や中学生の頃はボランチをやっており、あまり覚えていませんが、ひたすら自分がボールを取られないようにすることに集中していたように思います。高校生になって初めてFWになり、ボランチとはまったく違う体の使い方に初めはかなり苦労しました。ボランチの時は足で捌くイメージが強かったけど、FWは常に後ろにいる相手の気配をさぐりながら、駆け引きして前を向いたり裏に抜けたり、またはターンしたり、はたまた落としたりといった判断をしなければなりません。これがかなり難しく、最初はボールをロストしては怒られ、かなり気が滅入りました。しかし、試行錯誤する中で、あるとき急に体を当てるタイミングや、重心を低くした方がいいなどというコツが分かり、うまく出来るようになりました。その瞬間の一気に霧が晴れたような気持ちは未だに覚えています。振り返るとサッカー人生はこういう瞬間の積み重ねなのだと思いました。というのも、できないことができるようになり、知らなかったことを知っていく中でサッカーの深さを感じていく、そして気づくともうその魅力に虜になっているということです。

驚くことに、サッカーのこうした新たな気づきは大学に入ってからも日々感じています。高校と大学ではもちろんチームの特徴が違うので、同じFWというポジションでもこれまた新たな発見がありました。大学の方が自力で相手を交わしたりして局面を打開する必要があったのですが、高校の時はそのような役割はあまりなく去年は苦労したのを覚えています。重心を低くすることでボールキープがうまくいくと高校の時に感じ、そうしてきたのですが、それではスピードが出にくく相手をかわすのには適していないことに気づきました。そのため今ではその瞬間、瞬間のプレーに応じて姿勢を変えるようにしています。できない事にぶつかると、人のせいにしたりして現実逃避しそうになるのですが、考えては試し、ついにそれを克服すると自分がレベルアップしたように感じ、つい嬉しくなってしまいます。他にもシュートは必ずしもパワーを持って強く打つ必要はなく、タイミングとコースが良ければ入るんだというのにも気づきました。また、よく力を抜いた方が色々とうまくいくと言われますが、サッカーにおいてもこれは本当に当てはまると最近感じます。正確には脱力と力を入れるタイミングを見極めて使い分けることで、力をずっと入れているよりもしなやかな動きができ、顔もあがり、不思議とボールもとられにくいのです。コロナで活動が停止している時にこの事に気づいたのですが、まだ試合などでは自然と力が入ってしまい理想のプレーには至れていません。他にも、相手との距離が近くなってボールをロストしそうな時に、あえてひとつタイミングをずらすことで、慌ててボールを触るよりもロストしにくいというのも感じます。しかし注意しなければならないのは、目の前の敵を抜けても、ボールをずっと保持しても必ずしも勝てないのがサッカーだと理解しておく必要があることです。ボールをロストせずにキープできても、そのせいで攻撃が遅れてしまい機を逃してしまったら、それはその局面では相手に負けたと等しいと思います。そうならないためにはある程度ロストや失点のリスクを冒してプレーする必要がありますが、ここで時間帯やリズム、試合の状況を見て判断することが不可欠で、それが難しいです。このように相手との駆け引きやプレーひとつひとつを考えるにしても細かな部分での判断が大切になるし、チームとして勝利するためにも大局的な判断が必要になるので、サッカーは技術と判断が絡み合っている複雑なスポーツだといつも思います。

こういうことは日々サッカーをする中で感覚として身についていくものですが、大学に入ってからはできる限り言語化するように心がけています。僕は割と疲労やフィジカルの状態などちょっとした変化で前まで出来ていたことができなくなったりしてしまうので、こうして言語化して整理しておくことで今の自分の状況を把握するようにしています。たとえ状態が悪くても、今何ができなくなっているのかさえ把握しておけば、元の状態にも戻しやすくなるかと思います。おかげで前までは急に感覚が変わってしまったときにどうすれば良いか分からず苦しみましたが、今では大分落ち着いて対処できるようになりました。

ここまでサッカーを少し理論がましく話してきましたが、これだけ言語化しても予想外のことが常に起きるというのがやはりサッカーの最大の面白さだと思います。根性論に振りすぎるのは個人的に好きではありませんが、やっぱり気持ちが強いFWのところにボールが最後に転がってきたり、普段から良い集団であるチームにチャンスが回ってきたりするのかなとは、これまでのサッカー人生を通じて感じます。また、FWに関していえばすべてのプレーをうまくこなそうとするのも大切なことだと思いますが、決していいプレーが出来ていなくても結果的にチームを勝たせられる選手、なにか持っている選手は言語化できないレベルで何か必然性があるのだと思います。スアレスのプレーを見ているとそう感じずにはいられません。連携部分で何度ミスしていようが、ゴール付近で一気に力を入れて全集中し、結果を出すそのプレーは憧れの眼差しで見てしまわざるを得ません。と同時に、自分が中途半端な選手だと改めて感じてしまいます。上手くやるのがサッカーではないと頭では分かっていても、まだ一皮むけずにいる自分がいます。まだまだサッカーの奥深い真理を掴みきれていないと思います。もっともっとサッカーについて考えて、実践し、新しいことにたくさん気づいて、もっとその魅力にはまっていきたいと思います!

自分で言うのもなんですが、さすがに1ヶ月考えただけあって内容の濃い長いブログになってしまいました(笑)最後まで読んで頂き本当にありがとうございました。