2022年3月23日水曜日

世の中だいたいなんとかなる 3年 玉岡航太



こんにちは。大阪大学体育会サッカー部新3年の玉岡航太です。まず、このブログのタイトルですが、内容とはあまり関係ありません。内容にあったタイトルが思いつかず、僕が好きな言葉にしました。このブログに合うタイトルが思いついた人がいれば、連絡ください。本音を人にさらけ出すことがあまり好きではないのと、うまい文章を書きたいと先送りにしたことによって、長い間ブログ提出を怠ってしまいました。広報係の皆さんには申し訳ないと思っています。結局、本音を書くことにしました。まとまりのない文章ですが、最後まで読んでくださると幸いです。


まず初めに、このサッカー部に入った頃についてである。高校3年生の秋、選手権予選で負け、部活を引退した時から、国公立大学に合格すれば、体育会でサッカーを続けると決めていた。高校時代の顧問や先輩の影響、選手権予選で負けた悔しさなどからではあったと思うが、小学生で始めてから、それなりの熱量をもって取り組んできたサッカーを続けるのが当たり前と考えていた。今思えば、入部するかを悩んだ覚えがなく、悪い言い方をすると今までの流れで入部した感じであった。ただサッカーを真剣に続けたかっただけで、大学生という貴重な時間をサッカーに捧げる特別な理由はなかった。もちろん、高いモチベーションと野心をもって入部したが、正直、大学サッカーを戦う覚悟のようなものは、悩んだ結果入部した部員よりも持っていなかったと思う。

それもあってか、この2年間は目に見える成果を出すことができなかった。試合や練習で満足したプレーができないことばかりだった。新型コロナの蔓延による活動停止もあった。そして、何度も怪我をしてしまい、継続してサッカーをできず、辛く、苦しい時間を過ごした。もちろん、良いこともあったが、正直、思い描いていた大学サッカー生活とは全く異なるものであった。他大学のトップチームで活躍する高校の同期の姿を見て悔しかった。生まれてから一度も嫌いになったことがないサッカーを嫌いになりそうなときもあった。入部前に今のように怪我で何度も離脱すると知っていたら、この部活には入っていなかっただろう。そして、今は大学卒業後にサッカーを続けようとも思えない。

このような状況の中で、阪大サッカー部に所属し続ける必要があるのかと考えたこともあった。辞めようと思えばいつでも辞めることができる。部活に所属するよりもっと有意義な時間を過ごせるかもしれない。僕が辞めたとして、この部活に大した迷惑はかからない。

しかし、今の僕には、サッカー部を辞めるという決断はできない。一度自分で決めたことはやり切りたいといったことではなく、この2年間の悔しさを晴らしたいという思いからである。この悔しさはこの部活でしか晴らせない。仮にこの部活を辞め、有意義な時間を送ったとしても、この悔しさは確実に残る。先に述べた通り、2年前は大した理由なく入部したが、この2年間の悔しさを晴らすという、サッカーを続ける理由ができた。苦しい思いばかりしてきた分、他人よりも伸びしろは大きく、人間的にも大きく成長できると信じている。残りの2年間は最後のサッカー人生を心から楽しみ、応援してくれる人たちに感謝を伝え、やり切ったと言える期間にしたい。


拙い文章でしたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。


2022年3月9日水曜日

ワンプレーで人生が変わる  3年 葛西健

 


部員ブログで書くことといえば阪大サッカー部でのことだと思ったが、なかなか思いつかなかったので、この機会に自分語りをさせていただく。

2018年6月3日午前11時15分。僕は高校サッカーを一足早く終えることになった。相手にカウンターで抜け出され、キーパーと一対一になりかけたところに右足を伸ばした。次の瞬間、僕はピッチに倒れ込み、担架で退場。救急車で運ばれた。翌日に入院、そのまた翌日に右足首の手術。全身麻酔で右足首にボルトを2本埋め込み、1週間の入院生活。以降、9月22日に最後の試合に負けるまで、僕はチームメイトが戦う姿を外から眺めることしかできなかった。

「ワンプレーで人生が変わる。」これは高校の顧問の先生が時々口にしていた言葉だ。僕自身、怪我をするまではこの言葉を「凄いプレーをしたら偶々スカウトの目に留まってプロに行く、みたいな感じかなあ」と捉えていた。しかし前述したように、僕は思わぬワンプレーで人生を変えることになってしまった。

結局、そんな引退の仕方をした僕は後の受験勉強に身が入るはずもなく、全落ちして浪人。そしてこの悲惨な状況にも関わらず、僕はこのタイミングで当時思いを寄せていた同級生に告白し、フラれた(心の支えが欲しかったのか、ワンチャンあると思っていたのか…)。齢18にして絶望を短期間の内に何度も味わい、僕は完全にまいってしまった(最後のは自業自得やろってツッコミはおやめください)。

この後に待ち受けていた一年間の浪人生活も濃いものだったが、これ以上は話が逸れまくるのでこの辺に。とりあえず「来年落ちたら死のう」というくらい必死で一年間頑張った末に阪大に合格し、それから2年の時を経て今に至る。

僕は高校サッカーを終えた日から、大学でもサッカーをすると決めていた。自分のしてきた練習や努力が正しかったのかを確認することすらできず、サッカーに未練があった。

しかし、現在の自分はどうだろう。引退したあの日から死ぬ気で求めてきたサッカーを手に入れたのに、日々のトレーニングへの姿勢はどうだろうか。「ワンプレーで人生が変わる」と心に留めながらボールを追えているだろうか。高校最後の絶望を忘れてはいないだろうか。実際、残念ながら今はあの頃ほどの情熱を取り戻せないまま、惰性で続けている自分がいる。

そんなことを考えながらこのブログを書いていた今、ちょうど下のチームに落ちた。結局一年前と変わらない現実に直面し、自分に失望している。何かを変えなければいけないことは明白だが、ここからどうすればプラスに転じることができるか、今はあまりわからない。それでも、今までとは全く違う姿勢、考え、行動でなければ同じ事を繰り返すだろう。まず最初の課題はチャレンジ精神、周りとの意見の擦り合わせといったところだろうか。性根がネガティブで意見を伝えるのが下手な僕からしたら高い壁だが、「高ければ高い壁の方が 登った時気持ちいいもんな」ってな訳で、もう少しだけ足掻いてみようと思う。自分がサッカー人生を終える時に「サッカーをしてきて良かった、もう後悔はない」と心から思えることを願い、明日も僕はグラウンドに行く。

2022年3月4日金曜日

前向き


はじめまして、大阪大学体育会サッカー部3年の橋本将希です。


文章を書くことが苦手なので読みにくくなるとは思いますがよろしくお願いします。


皆さんは何かうまくなりたい、成長したいというときにはどのようにするでしょうか。この問いを投げかけられたとき、まず初めに自分が思い浮かぶのが、過去の失敗を振り返ってなぜその失敗をしたのかということを考えて同じことをしないようにするということでした。確かにこの方法も上達するには良い方法であると思います。しかし、最近この方法が自分にはあまり向いてないのではないかと思うようになりました。その理由は僕自身が心の切り替えがうまくないからです。練習後や試合後に振り返るために自分のプレーを見て反省を始めると自分のうまくいっていないプレーを見て、「なんでこんなプレーをするんだ」とか「また同じミスをしているじゃないか」とかを考え、とても暗い気持ちになって次にプレーをする時にボールをもらいたくないなどと思ってしまうことが多くありました。そこで最近では、自分のミスの反省もしますが、その後に自分のうまくいったプレーやチームのうまくいったプレーなどを見てこうすればうまくいくんだと考える時間を増やすようにしています。こうすることで気持ちが前向きになるような気がします。さらに、プレーを反省して次はこうしようと思ってもそれが正解かどうかはわかりません。しかし、うまく行っているシーンを見てそれを再現すればひとつの正解になっています。そしてその正解を再現して何度も積み重ねることができればそれは自分の武器にもなっているはずです。そうして得た武器は必ず自分の成長につながります。

現在、阪大が所属している2部リーグは格上のチームが多く、苦しい戦いが多く続くきます。欠点をなくすことももちろん重要ですが、自分たちの強みをぶつけることが勝利を掴む鍵になっていると僕は思います。大学サッカーはもうすでに半分が終わりました。後ろ向きになって立ち止まっている暇はありません。前向きに成長していきたいと思います。


拙い文章ではありましたが最後まで読んでいただきありがとうございました。

2022年3月3日木曜日

好きなことの中の嫌いなこと

 


こんにちは。2回生の庫本です。このブログを書いてる頃、僕はもうそろそろ3回生になります。すなわち、大学生活の半分が経過してしまいました。この2年を振り返ってみると、サッカーに没頭し、友達ともたくさん遊び、勉強はまあぼちぼち、とだいぶ充実しているように思います。そんな大学生活の中の特にサッカーについてこの場をかりて語ろうと思います。


僕は小学2年生からサッカーを初めて中学3年生まで続けていました。しかし、僕の高校では進学コースだった僕はサッカー部には基本入ることができませんでした。そんな僕が大学でまたサッカーをしようと思ったのはなぜか。もちろんサッカーがしたいという気持ちもありますが、人間的成長をしたいと思ったからです。好きなこと今で言うサッカーの中にも辛いことやしんどいこと嫌なことは必ずあります。例えば、ラントレやサーキットだったり、早起きするのが辛かったりだと人それぞれではありますが誰にだってサッカーをしている上で嫌なことはあると思います。僕は常々思っているのですが、「嫌なことの中の嫌なこと」をしようと思った時、少なくとも「好きなことの中の嫌いなこと」を乗り越えた経験がないと達成できないと思います。「嫌なことの中の嫌なこと」とは例えば、もし望んでいなかった仕事に就いたとして、その仕事内容の中には、楽なことや好きなこともあると思いますが、嫌なことが大半だと思います。そのような場面になった時、学生時代に経験したことはきっと役に立つと思うのです。だから僕は大学でもう一度サッカーをしようと思いました。そのような経験をするために。

国語力がなく、読みづらい文章だったと思いますが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

2022年3月2日水曜日

飛躍



こんにちは。大阪大学体育会サッカー部新3年の河村友哉です。この場を借りて大学でサッカーをする中で自分が考えたきたことを素直に書きたいと思います。まとまりがなく読みにくい文章だとは思いますが、最後まで読んでいただければ幸いです。


 「大学に入ってまで本気でサッカーをやる意味は何なのか」これは自分が大学でサッカーをやっていく中で生じた疑問である。小学生でサッカーを始めてから大学1年の途中まで、サッカーを本気でやるからにはプロを目指してやらなければ意味がないなどと、恥ずかしながらも自分の現状を全く受け入れず夢のまた夢のようなことを目標とし、それをモチベーションにサッカーを続けてきた。しかし、大学でサッカーをしていく中で、こんな下手くそな自分がプロを目指すなんて馬鹿げていると感じるようにもなっていき大学1年の途中でやっと現実を受け止め完全に諦めがついた。このころからサッカーに対する自分の情熱が少し失われつつあることを感じていて、周りが日々努力している姿を見て本当にすごいと感心するとともに、モチベーションの向けどころを失い努力もせずなんとなくサッカーに向き合っている自分に嫌気がさすことも多かった。そんな中で自分の中に生じた疑問が、先述した「大学に入ってまで本気でサッカーをやる意味は何なのか」である。こんなことを考えながら大学での最初の2年間は自分に対してあらゆる言い訳をしては努力することを放棄し、ただなんとなく過ごしていたと思うと本当に恥ずかしいことである。

 このように大学に入ってからずっと考えていた「大学に入ってまで本気でサッカーをやる意味は何なのか」に対して自分なりに考えたことをここからは書いていこうと思う。ただサッカーが好きだからというように大学でもサッカーをやる意味というのは人それぞれあると思う。自分はこの大学での2年間で様々なことを考えた結果、今シーズンの意義目標でもある「人間的成長」というのが大学でサッカーをやるうえで本当に重要なことだと思った。確かに、以前の自分のようにプロを目指すくらいの意気込みで努力していくことも重要だとは思うが、プロになるというサッカーにおける成功を目指さない以上この大学4年間でサッカーを通して自分が何を得られるのかということの方が重要で、それはサッカーに対して自分がどう向き合っていくのかによって決まるものだと思う。だからこそ、残りの大学での2年間をくよくよ考えるだけで何も行動に移さなかった今までの2年間と同じように過ごすのではなく、どんな時でもサッカーに真摯に向き合い、自分のためだけでなくチームのためにできることは何かを常に考え努力し続けることを通して人間的に成長するということを目標に掲げ、残りの大学での2年間を今までのサッカー人生の中で最も成長できたと実感できる2年間にしたい。


拙い文章でしたが最後まで読んでいただきありがとうございました。

2021年8月5日木曜日

大器晩成 2年 森川瞭



こんにちは。2年の森川です。部員ブログというものがついにまわってきました。暑苦しい文章かもしれませんが最後まで読んでいただくと幸いです。


サッカーは小学生の頃から父がサッカーをしたのでその影響で始めました。その頃は一つのスポーツとして楽しいものとしか捉えておらず、もちろん練習や試合は真剣に取り組んでいましたが、そこまで熱が入っていませんでした。実際、競泳もしていて小学校高学年から中学生2年までは競泳の方が好きで大した実力でもありませんでしたが「水泳でオリンピックに出る!」とまで言っていた時期もありました。しかし中2の夏競泳をやめました。私が競泳をやめた理由はシンプルに挫折です。速ければ速いほうが強者、ただそれだけのスポーツです(※競泳は悪くありません)。泣きながらスイミングスクールをやめていったあの日を今でも思い出します。それに対してサッカーは勝つためには、試合に出るためには様々な要素が必要です。私はそういうサッカーの奥深さに魅了されました。


私が本気でサッカーに向き合うようになり、最も成長できたと感じるのは高校です。高校では勝負で勝つことの重要性を知りました。極端に言うと内容より結果ということです。例えば学校の成績はテストの点だけではなく、レポート提出や出席回数などの普段の授業への取り組み方も考慮されて結果が出ます。しかしスポーツの世界はそこまで甘くなく、普段の練習の取り組み方が試合の結果に関わってくることは一切ありません。しかし、努力を怠っても試合に出て活躍できるといっているわけではありません。むしろ逆です。イチローは「努力は報われますか?」という質問にこう答えています。「報われるとは限らない。もっと言えば努力と感じている状態は、まずい。その先に行けば、きっと人には努力に見える、でも本人にはそうじゃない。そんな状態が作れれば、勝手に報われることがある、ということ。」この言葉からイチローのイチローたる所以が感じられます。


大学サッカーが始まって1シーズンが経ちましたが率直な気持ちとして悔しさがあります。同期の中ではAチームに関わり続けて試合に出ているやつもいますが、自分はといえばBCチームでくすぶり続けていました。大学から本格的にCBというポジションを始めたので経験値が足りていないというのもありますが、今シーズンは試合に絡んでいけるように練習に励み、自分の長所を伸ばし、アピールしていけたらと思います。最後に私の好きな言葉を紹介したいと思います。「大器晩成」。昔から何事に関しても特に目立った才能を持っていない事を自覚していたので、日々の努力とこの言葉を信じて実力を身につけてきたつもりではあります。くどいようですが努力すれば結果がついてくると言いたいわけではありません。まず自分の可能性を信じて努力しなければ成功するはずがないのだと言いたいのです。私は自他共に認める自信家ですが、それは現在の自分にだけではなく、将来の自分にも自信を持っているからだと思います。今はまだ粛々と出場機会を狙っている立場ですが、将来的には阪大サッカーの中心選手として引っ張っていけるように、この素晴らしい環境に感謝しながら日々精進します。


拙い文章でしたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

2021年7月8日木曜日

後悔と覚悟 2年 高松凌大

 


皆さんこんにちは。大阪大学体育会サッカー部2年の高松凌大です。自分たちの学年にも部員ブログを書く番が回ってきて何を書こうかといろいろ考えましたが、面白い、ためになる文章を書くほど文章力もないので、率直に今思っていることを書いていこうと思います。最後まで読んでいただけるとありがたいです。

 

 突然ですが、皆さんには今までの人生で後悔はありますか?おそらくほとんどの人が多かれ少なかれ後悔していることはあると思います。自分もこのブログを書くにあたって今までのサッカー人生を振り返ると後悔だらけだなと改めて思いました。特に一番後悔しているのは高校時代のことです。高校最後の引退がかかった試合で自分は試合終了の笛が鳴った瞬間ピッチに立っていることはできませんでした。試合に負けて振り返っているうちに、結局何もできなかったとどんどん後悔があふれてきました。自分が交代させられるまでに点を取って試合を決定づけることはできなかったのか。試合終盤まで走りきることのできる体力をその試合までにつけることができなかったのか。今更思ってもどうすることのできない後悔がそれ以外にもいくつも思い出され頭がいっぱいになりました。なぜ自分のサッカー人生はこんなにも後悔が多いのか、引退して今まで以上に時間が増え考えてみて高校時代、唯一後悔していない決断が自分にはあると気づきました。それはポジションをコンバートしたことです。今までディフェンスしかほとんどやってこなかった自分がいきなりフォワードをする決断をしました。コンバートした当初は正直かなりしんどかったです。練習では自分のしたいことが何もできず、試合にも思うようには出れない。結果もついてこない。でも、うまくいかなくてつらくても、自分が勇気を持って決断したことだったので不思議と後悔してないと気づきました。そのこともあって、一つの結論に至りました。それはつらいと感じることから逃げているから結果後悔しているということです。練習、走り込み、つらくても頑張れば結果はついてくるとわかっているのにその時の状況に甘えて常に楽な方に逃げているから後悔する事になっていると気づきました。

 現状、自分の大学での立ち位置は最下層です。昨シーズンは一度もカテゴリーを上がることができず、唯一の公式戦でも途中出場に終わりました。ただ、最下層にいるからこそやることは明白です。テクニック、フィジカル、メンタル、すべてにおいて人よりも努力してレベルを上げていかなくてはいけないと思います。それなのにつらいことから逃げてしまっていたらおそらく僕の大学サッカーはこのまま終わり、何年後かに後悔する今までと同じパターンを繰り返してしまいます。自分の悪い癖に気づけた今、目の前のことに一つ一つ逃げずに真剣に向き合っていこうと思います。日々の練習においても、常に目標を持って、きつくても最後まで走る、一歩でも寄せる、などやれることはたくさんあると思います。大学サッカーがここまで真剣に取り組むことのできる最後の時間だと感じるからこそ、最後に後悔がなかったと本気で思えるような取り組みをここからしていこうと思います。

 読みづらい文章だったと思いますが最後までお読みいただきありがとうございました。