2017年10月25日水曜日

全ての方々に感謝 1年藤元知史

 まずはじめに、大阪大学体育会サッカー部の一員として部員ブログを書かせていただけることを光栄に思います。
サッカー部の活動を支えてくださる方々と、これまで私を育ててくださった全ての方々に感謝申し上げます。


自分でも胡散臭いと感じてしまうほどの台詞をいきなり書いてしまったが、この感謝の言葉に偽りは全く無い。
そして、「全ての方々に感謝」というフレーズに聞き覚えがあるあなたは、中学生の頃に、あの教諭の熱血指導を受けることができた人かもしれない。

内輪ネタを失礼しました。
あの教諭とは、私が中学校のサッカー部でお世話になった顧問の先生のことである。残念なことに、現在私は教諭の連絡先を知らず、このブログに書かせていただく許可を得られていないので、少しぼかした表現をさせていただこうと思う。

教諭の下での部活とは、「学校の部活では人として成長ができないと意味がない」というもので、人間的成長が第一に考えられていた。
ここで教諭のご指導の柱となっていたのは、挨拶しよう、掃除しよう、服装正そう、時間守ろう、などといった人として当然であるべきことの数々であった。

中でも教諭が最も強調していたのは、「感謝の心」である。

「中学校のグラウンドを無償で使用できるのは、義務教育を支えてくれている納税者がいるからであるので、全ての方々に感謝を忘れてはならないし、感謝せずにサッカーをやってるだけでは成長は有り得ない」という、当時中学生の私たちが本当に理解できていたかどうかはわからないが、非常に大切な考え方を教えていただいた。

当時キャプテンを務めさせていただいていた私は、周りの大人が、「こいつは将来、変な宗教にどハマりするのではないか」と心配するほど教諭の教えに忠実に学校生活を送り、人間的成長を試みて来た。というのは半分建前で、忠実にならざるを得ないほど教諭が怖かった。

野球部に所属していた友人が、職員室の横のトイレでトイレットペーパーを転がしてボウリングを嗜んでいたところをあの教諭に見つかり、その時グラウンドで真面目に部活をしていたサッカー部の私が「お前の学年はどうなってるねん」と、やった本人よりも怒られたという話もある。

非常に怖かったが、教諭のご指導の数々が現在の私を形作っていると思うし、感謝の気持ちしかない。


大学生になり、自分の責任でできることが以前より増えて来たが、そんな今だからこそ、これまで支えてくれた全ての方々に感謝しなくてはならないし、今も多方面からの支えがあることを忘れてはいけないと思う。

人間的成長を目標に掲げて活動している阪大サッカー部には、非常に素晴らしい人間性をお持ちの先輩がたくさんいる。同期もなかなか良い奴が多い。現在の私を取り巻く環境はこれまでの自分の人生を振り返ってみても、最高に良い。同時に、自分の甘さを痛感する日々でもある。
サッカーの技術も、人間性も向上させ、1日でも早く他の部員に追いつきたい。そして、感謝の心を忘れず、有意義な大学生活を送りたい。


他の1年生がまとまった文章に仕上げている中、長々と書いてしまった。有益で面白い部員ブログにすることができなかったかもしれないが、自分の考えをまとめる良い機会になった。
そして、20歳まであと1年を切った今、改めて教諭の教えの数々が胸に刺さった。

かなり話が逸れてしまうが、浪人を経て現在20歳の同期を見て、ハタチって思ってたよりも大したことないな、と感じてしまう事がある。

原付を受け取りに、バイク屋へ自転車で行った20歳の某上田(背番号37)の話があるのだが、残念なことに、現在私は彼の連絡先を知らず、このブログに書く許可を得られていないので、少しぼかした表現をさせていただこうと思う。

ガバガバな20歳にならないよう、10代最後のこの1年間はしっかりと成長したい。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。今後ともご指導、ご支援のほどよろしくお願い致します。 藤元知史でした。

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