皆さんは、”チェリー”というフレーズを聞くとどんなことを思い浮かべるだろうか。スピッツの歌、YUIの歌、果物のさくらんぼ、性経験のない・・、人それぞれ思い浮かぶものは違うと思うが僕はチェリーと聞くと思い浮かべるのは母親である。
僕の母親は”ちえり”さんというのだが、それをもじってかSNS等での登録名が”チェリー”なのである。僕は今回母親チェリーについて書きたいと思う。
チェリーはど天然だ。以前、日本vsサウジアラビアの試合を見ていると、「あんたどっちを応援しとるの」と聞いてきたことがある。僕はふざけて「サウジ」と答えた。そしたらチェリーの答えは「やっぱり。」、僕は自分の血統を疑った。
サッカーについても全くの素人だ。でも僕が洗脳した結果、”マンチェスター・ユナイテッド"、”ルーニー”、そして”ベン・メイブリー”という3つのフレーズは覚えたようだ。
そんなチェリーに対して僕はずっと後悔していることがある。僕は小中と素行が悪く、どれだけ悪かったかといえば警察にやっかいになる程荒れていた。友達に迷惑をかけ、チェリーと家まで謝りに行くこともあった。そうした中で、一度だけチェリーを泣かせてしまったことがある。僕が生きてきた中で唯一見た母親の涙だった。その時の出来事は今も忘れられないし、これからも忘れることはないと思う。本当に本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだったし、二度と迷惑をかけたくないと思った。
特別裕福ではない家族だったこともあり、当時の僕はなるべくお金をかけさせないようにと勉学面では国公立の学校に進学し、大学にもストレートで入った。指定校推薦で慶応大学に入れそうだったが、僕が慶応ボーイというあまりに重荷なレッテルを背負う容姿と気概がなかったし、とにかくお金がかかると思った。はたまたチェリーはどこかで聞いたことがある”慶応”というフレーズに心奪われ、まるで餌を目の前にしながらもご主人様に『待て』と言われている犬のような眼差しでジャムおじさんのような女教師を見つめていた。僕は今でも進路選択は阪大で良かったと思っている。
チェリーは常に”誰かの為に”行動する人で、目の不自由な方にボランティアで朗読をしたり、同じ学区に住む外国人の方をサポートしたりとその行動一つ一つが自分にはできないことだと思い本当にすごいと感じる。地位や学歴ではなく、行動で人としてすべきことを教えてくれる親の元に生まれ本当に良かったと思う。僕もチェリーを見習い、サッカー部で任された役割、それがどんなことであっても全力で取り組みたいと思う。
サッカーではサポーターは”12人目のプレーヤー”と言われるくらい重要なポジションだ。僕にとって一番のサポーターは間違いなくチェリーだし今まで迷惑かけてきた分をこれからの人生で少しづつ返していきたいと思う。そしてチェリーがフォローしている阪大サッカー部のTwitterアカウントで、2部A昇格というtweetを流せたらいいなと思う。
最後になるが今年の母の日、僕はサッカー部のことで頭がいっぱいでプレゼントもメッセージも送れなかった。浪人中の妹でさえ、「いつもありがとう」とメッセージを送ったそうだが、僕のLINEの履歴を見ると「お金が足りません、ご支援お願いします。」の一文。何も変わってないなーと自分自身を笑ってしまった。
チェリー、Happy Mother’s Day.