2017年9月26日火曜日

シンプル 2年 マネージャー 石塚朱莉

「お前ってほんと、バカだよなぁ」
 この言葉を友達にもう何度言われたか、正直なところ数えていない。別に否定する気にもならなかった、その通りだと思うから。
 他人がわたしのことを説明する場面に出くわしたことがある。ガンバ大阪の応援ために札幌からわざわざ阪大に来た、とんでもない奴と紹介していた。説明になにも間違いはない。

何でこうなったのかなぁと、昔友達に聞いた。友達が言うには、わたしの考えることはものすごく単純で、そのくせ無駄に行動力があるから、結果とんでもなくバカなのではないかということだった。その時、不思議なくらいすとんと府に落ちたのを覚えている。

そんなわたしが、最近よく聞かれることがある。
「なんで体育会のマネージャーなんか選んだの」
サークルでもよかったじゃん。なんなら、自分が動くほうが向いてるんじゃないの。

 週に5回の部活。忙しそうにする姿を見れば見るほど、聞きたくなるのかもしれない。
だけどいつもわたしの答えは同じで、そしていつも納得されない。「サッカーが好きだからかな」

自分は他人と考えることが少し違っていて、それでいてバカなんだと知ったとき、ひとつ決めたことがある。それは、自分に素直でいようということ。わたしの行動原理はとても単純で、好きなものはとことん追っていく。それで将来するかもしれない後悔は、それはそれで別にいいかと思った。
 わたしがサッカー部でマネージャーをしていることに、なにか共感を呼ぶような深い理由は本当になくて。サッカーが好き、単純な動機がそこにあるだけ。でも、この「好き」は、わたしのなかで特別強い動機。

皆がすごく考えて生きているなら、ひとりくらい突拍子もないバカがいたっていいと思う。

2017年9月21日木曜日

チェリー 2年 スタッフ 廣瀬友樹


 皆さんは、”チェリー”というフレーズを聞くとどんなことを思い浮かべるだろうか。スピッツの歌、YUIの歌、果物のさくらんぼ、性経験のない・・、人それぞれ思い浮かぶものは違うと思うが僕はチェリーと聞くと思い浮かべるのは母親である。
 僕の母親は”ちえり”さんというのだが、それをもじってかSNS等での登録名が”チェリー”なのである。僕は今回母親チェリーについて書きたいと思う。
 チェリーはど天然だ。以前、日本vsサウジアラビアの試合を見ていると、「あんたどっちを応援しとるの」と聞いてきたことがある。僕はふざけて「サウジ」と答えた。そしたらチェリーの答えは「やっぱり。」、僕は自分の血統を疑った。
 サッカーについても全くの素人だ。でも僕が洗脳した結果、”マンチェスター・ユナイテッド"、”ルーニー”、そして”ベン・メイブリー”という3つのフレーズは覚えたようだ。
 そんなチェリーに対して僕はずっと後悔していることがある。僕は小中と素行が悪く、どれだけ悪かったかといえば警察にやっかいになる程荒れていた。友達に迷惑をかけ、チェリーと家まで謝りに行くこともあった。そうした中で、一度だけチェリーを泣かせてしまったことがある。僕が生きてきた中で唯一見た母親の涙だった。その時の出来事は今も忘れられないし、これからも忘れることはないと思う。本当に本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだったし、二度と迷惑をかけたくないと思った。
 特別裕福ではない家族だったこともあり、当時の僕はなるべくお金をかけさせないようにと勉学面では国公立の学校に進学し、大学にもストレートで入った。指定校推薦で慶応大学に入れそうだったが、僕が慶応ボーイというあまりに重荷なレッテルを背負う容姿と気概がなかったし、とにかくお金がかかると思った。はたまたチェリーはどこかで聞いたことがある”慶応”というフレーズに心奪われ、まるで餌を目の前にしながらもご主人様に『待て』と言われている犬のような眼差しでジャムおじさんのような女教師を見つめていた。僕は今でも進路選択は阪大で良かったと思っている。 
 チェリーは常に”誰かの為に”行動する人で、目の不自由な方にボランティアで朗読をしたり、同じ学区に住む外国人の方をサポートしたりとその行動一つ一つが自分にはできないことだと思い本当にすごいと感じる。地位や学歴ではなく、行動で人としてすべきことを教えてくれる親の元に生まれ本当に良かったと思う。僕もチェリーを見習い、サッカー部で任された役割、それがどんなことであっても全力で取り組みたいと思う。
 サッカーではサポーターは”12人目のプレーヤー”と言われるくらい重要なポジションだ。僕にとって一番のサポーターは間違いなくチェリーだし今まで迷惑かけてきた分をこれからの人生で少しづつ返していきたいと思う。そしてチェリーがフォローしている阪大サッカー部のTwitterアカウントで、2部A昇格というtweetを流せたらいいなと思う。
 最後になるが今年の母の日、僕はサッカー部のことで頭がいっぱいでプレゼントもメッセージも送れなかった。浪人中の妹でさえ、「いつもありがとう」とメッセージを送ったそうだが、僕のLINEの履歴を見ると「お金が足りません、ご支援お願いします。」の一文。何も変わってないなーと自分自身を笑ってしまった。
 チェリー、Happy Mother’s Day.


2017年8月10日木曜日

大好きなサッカー 2年 大谷一樹

人間科学部2回生の大谷一樹(おおやかずき)です。
よく「お前の学部意味わからんやろ」と言われます。
ナンセンスなセンテンスすぎて鼻で笑ってます。
法律を作るのは、経済を回すのは、ヒンディー語を話すのは、誰ですか、人間ですよね?それを科学的に研究する。そういった考えもあると思うんです。具体的に何を学ぶか?そんなことは未だに僕も分かってないです。

本題に入ります。このような場面でしか自分の話をできないので聞いてください。
僕がサッカーを始めた理由。
1つめは、幼少期坊主頭しか許されていなかった大谷少年が、2002年W杯のブラジル代表FWロナウドの髪型に憧れ、真似をしたこと(google画像検索してください#ロナウド#出っ歯#怪物 {当時の僕の写真ほしい人はLINEの友達になってください#時々#アイコン})
二つ目は3つ上の兄の影響。小さい頃から大好きだった兄がサッカーをするというので大谷少年も始めることにした。始めた理由などは曖昧でキリキリマイなんでどうでもよいのだが,サッカーを続ける理由について聞いてください。

それは二つある。サッカーが本当に大好きで、サッカー中は、サッカーに夢中になりネガティブなことは一切忘れることができるから。もえのちゃん☆に失恋して勉強も手につかず、父の軽快かつ繊細な下ネタについていけなかった時ですら、サッカー中は楽しくて仕方なくて、サッカーの事だけを考えられ、とてもスッキリした。サッカーが本当に好きである。サッカーをする人なら誰でもわかると思う。
二つ目は兄のためである。
大好きだった兄は僕が高校生の時に交通事故で他界した。それでも僕は今も三兄弟と言い続けているのには理由がある。
兄が突然いなくなったとき、日常が当たり前ではないことを本当に本当に痛感させられた。こんなにあっさり人生って終わるんだなって思った。サッカーをすることが兄のためになるとかではない。そうではなくて、当たり前ではない日常に感謝し、後悔なく日々を生きなければならないと思わされた。明日が来ることが奇跡なら、今日という日に自分の大好きなことを全力でやらなければいけないと思った。僕にとってそれはサッカーしかなかった。だから僕は、プロを目指している訳ではないのに全力でサッカーを続ける。毎日寝る前、今日自分どれだけがんばれたかな、と思い返すと何も頑張れていない自分に気づき腹が立つ。試合に出させてもらっているにも関わらず最後までやり切る事ができない自分に嫌気がさし申し訳なくなる。

このブログを読んでいる若者の皆さんも時々でいいので、その日の自分が本気でやれた事を振り返ってみてください。もっともっともっと今日できることがある、そう僕は思います。そして何歳になっても何かに全力で取り組んでほしいです。

最後になりましたが、まだまだ頑張るチャンスをくれる阪大サッカー部と、サッカー部の活動を理解し応援してくださるOBの皆さま、そして小学校から大学までにサッカーを通して出会えた仲間、大学になってもサッカーを応援してくれる僕の両親に感謝します。そしてこれからも、愉快な阪大サッカー部と、こんな根が真面目な88番の応援をどうか宜しくお願いします。

これはノンフィクション。
起こせアクション。yeah

2017年8月8日火曜日

阪大に求めるもの 3年 木村京太郎



サッカーは本気で頑張っている。それだけは確実に言える。

こんにちは、木村です。

今現在、大阪大学体育会サッカー部で活動していて思うことは環境などの充実である。人工芝のグランドで練習することができ、暗くなればナイターがつき夜でも練習することができる。ミーティングルームも借りることができそこでチームの状況をよくするために話し合いだってできる。さらに練習終わりにシャワーまで浴びれるのだ。そんな環境におかれて頑張れないやつなどいない。
ただその環境があることが当たり前だと思ってはいけない。歴代のサッカー部の部員が今まで築いてきた信用があるからグランドを貸してくれるのであり、みんな応援してくれるのだ。満足のいく練習ができたり練習試合ができたり、リーグ戦に参加できたりしてるのも四回生の方々や主務や副務などがいてくれてやっと成り立っているのである。

そんな中で本当にサッカーだけを頑張っていていいのか。一回生や二回生のあいだはただがむしゃらに自分の成長のためだけに頑張ってきた。たしかにそれは下級生がやるべきことである。三回生になった今、サッカーを頑張ることは当たり前だ。それに加え練習を盛り上げるために声を出す、レポートを期日までに出す、下級生がたるんでいるとしっかり注意するなど考えれば考えるだけやるべきことは見えてくる。自分らが注意してもらったように後輩を注意できているか。最近強く感じることである。

自分がまだ一回生のときに上回生の皆さんにはたくさん注意していただいた。当時はそんな細かいことええやん、なんで同回生のミスで俺まで怒られなあかんの、などたくさん思うことがあり素直に受け入れられないこともあった。社会人になるとそんな細かいことなど教えてくれることはないので、今はどれだけ後輩思いな先輩だったんだと思います。

またサッカー以外の面でも意識してやるべきことはある。すべて当たり前のことだが、人に挨拶する、親や周りの人への感謝を忘れない、早めの行動を心がける、赤信号は渡らない、授業中に寝ない、家に帰っても予習復習をする、積極的な授業への参加、テスト勉強ははやめのうちから、など数え切れないほどある。

そう、大学サッカー三年目にして強く思うのは単位がほしい。それだけである。

2017年8月1日火曜日

ぼくはペレ 3年 松田出帆

高校最後の夏の大会、結果は一回戦負け。しかしそのピッチの上に自分はいなかった。悔しくて諦めきれず、部員の多くが受験で部活を引退する中、自分は部活を続けることを選んだ。1度目の未練である。しかし冬の選手権、結果は2回戦負け。またしても悔いの残る結果となってしまった。と、いうことで今現在、僕は2度目の未練の精算をするべく大阪大学体育会サッカー部に入部している。
入部して2年が経つが、後悔は全くしていない。それどころか入部して得られたことの方がはるかに多い。人によって様々なサッカーの考え方があること、名古屋の人は面白くないこと、かかとが痒くてサッカーができない人がいること等、様々なことを知ることができた。なかでも、人との付き合い方を学べることが体育会に入る意義の最たるものであると僕は思う。
 以前、練習で振り分けられたカテゴリーに納得がいかず、あからさまに機嫌を悪くしたまま練習をした日があった。次の練習終わりにベイル先輩に呼ばれ、すまなかったと言われた。その時になって初めて、自分がいかにチンケな行為をしたか気づいた。自分に実力がないために受けた評価を他人のせいにし、挙句先輩にまで気を使わせてしまい、申し訳なさと同時に、謝罪を受けるまでそのことに気づけなかった自分に心底腹が立った。そのことがなければ、自分は今でも他人に迷惑をかけるということに気づけずにいただろう。体育会に入ったおかげで自分は少し人間的成長をすることができた。
 ちなみに、今年の春合宿の前日に練習中にベイル先輩にベイルされ、足の指を骨折し、楽しい楽しい春合宿に参加できないという事態が発生したが、そのことに関して僕はベイル先輩を恨んでいるということは全くなく、今でも尊敬している。
 しかし、部活もいいことばかりではない。これは僕に限ったことなのだが、大学に入って、サッカーをやる上で大きな障害が僕の前に立ちはだかった。怪我である。右足首靭帯損傷、左足首靭帯損傷、右足指骨折、右肩脱臼、左肩脱臼、怪我という怪我を四肢にひっさげ、僕はサッカーをしている。そして気づけばサッカーしか出来ない体になってしまっていた。脱臼によりボールを手で受けることができず、しかも両肩やってしまっているので某野球漫画のように左投げに転向してジャイロボールを投げることもできない。僕にはサッカーしかないのだ。なので、僕は自分のことをサッカーの申し子だと思っている。ペレと一緒だ。ただ理由が消去法なためネガティヴバージョンなだけである。そんな僕のあと少しの大学サッカー生活を、少しでも多くの方に暖かく見守っていただけたら、幸甚の至りである。
 
 長くなってしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございます。今後とも大阪大学体育会サッカー部をどうかよろしくお願いします。

2017年7月25日火曜日

理想の姿 2年 野本健斗

サッカーをする上で大切なことはなんだろう。サッカーだけに限らない。日常で物事を経験していく中で大切にすべきことはなんだろう。情報、戦略、体力…?
それらは目的を成し遂げる上で重要な要素である。しかし、僕はそれ以前に「一生懸命」になることが大切なのではないかと考えている。「いや、それは当たり前のことでその上で…」と感じるかもしれない。しかし一生懸命何かに打ち込むということは容易なことではない。「しんどい時こそ人の本質があらわれる」という言葉を聞いたことがあるだろうか。これは誰にでも当てはまる言葉であると同時に僕自身心に留めておかなければならない言葉である。
サッカーにおいて、「しんどい時こそパスを正確に通してやる」「しんどい時こそ1対1で勝ってやる」「しんどい時こそ走り抜いてやる」といった覚悟を最後の最後まで持ち続け、自分の全力を出しきる。そしてやり遂げられなかった時は思いきり悔しがり、やり遂げられた時には思いきり喜ぶことが一生懸命になってこそ得られるものではないかと僕は考えている。今の自分は「一生懸命」戦うことができているかといえばそうではない。しんどい時頑張りきれず後悔することが何度もある。チームメイトに迷惑をかけてしまうことも多々ある。そんな今の自分を受け入れ、自分に必要な課題を克服するために目の前のことに全力を注ぎ、引退までのサッカー人生を歩んでいきたい。そしてお前の誇りは何かと聞かれた時に「一生懸命になれる自分がいること」と胸を張って答えられる自分を目指し、日々練習に励んでいきたい。

小ネタ
僕の現在の体重は70kg程度。大学入学当初の体重は85kg。BMIは30以上。そのせいなのかは分かりませんが相撲部の方から熱い勧誘を受けました。頑張れ高安。

ブログをお読みいただきありがとうございます。


2017年7月22日土曜日

よくある質問 3年 津田厚

皆さん、こんにちは。私は大阪大学サッカー部の津田厚と申します。先程、再履修していたドイツ語のテストが無事終わり、安堵の気持ちでこの部員ブログを書かせていただいております。このドイツ語のテストが終わって家に帰ると、携帯に1通のメールが届いていました。開いて読んでみると、それは同じドイツ語の授業を受けていた4回生からのメールで、「授業に全く出席しておらずテストの出来も壊滅的だった。この授業の単位が取得できないと卒業出来ないので救済措置が欲しい」という、シビアな文面でした。先生に送るはずだったのでしょうが、何故か私に届いていました。皆さんも彼のようにならない為にも勉学にはきっちり取り組みましょう。




さて、今回の私の部員ブログのタイトルは「よくある質問」です。サッカー部の皆さんにとっては耳にタコが出来る程聞いたことがあるであろうあの質問です。それは、、、、、、、、、、


「なんで部活してるん?」   です。


皆さんの「あぁー」という声が聞こえてきます。私自身、オフ期間中に帰省し地元の友人に部活でサッカーをしていると伝えると必ずこの質問を受けました。その質問にたいして今までは、高校の先輩がいたから、人工芝のグランドでサッカーできるから、というかなり単純な返答をしていました。ただこれから先、企業のお偉いさん方にこの質問をされた時、同じように答えるとすごくマズいことになるので、この部員ブログを機に自分が何故部活でサッカーをすることにしたのかを考えました。


私は今まで公式戦に2試合しか出たことがありません。高校で1試合、大学で1試合です。高校の時の公式戦はグループリーグ突破が決まった後の消化試合で、メンバーに入れなかった最上級生が出るといった具合で、実力で勝ち取ったものではありませんでした。そして、大学生になり、6月に行われた関西選手権でやっと人生で2試合目の公式戦に出ることができましたが、この時も自分が出場できたのはいつもスタメンで出ている選手が怪我で出れなくなってしまったからで、またも実力で勝ち取ったものではありませんでした。



この出来事は自分でも曖昧な返答しかしてこなかった「なんで部活してるん?」の質問に明確な答えを与えてくれました。それは「チームメイトの分まで戦うという経験がしたかったから」です。自分が試合に出ることで、他のチームメイトはその出場機会を奪われます。私は今までずっと奪われる側だったので、そんな事を考えたこともなかったしつい最近までは、一生経験できないだろうなと思っていました。しかし公式戦に出てピッチから、「いつも自分がいた」応援席で一生懸命応援してくれているチームメイトを見て、「みんなの為にも勝ちたいな」という気持ちが自然と湧いてきました。生まれて初めて抱いた感情だったので変な感じでしたが、冷静に思い返せばその時は「絶対に勝ちたい」、「みんなの分まで頑張らないと」と本当に思っていました。こういう経験がプレイヤーとして、そして人間としての質を高めていくのだと感じましたし、その気持ちをみんなが共有できればどんなに強い相手にでも勝つことが出来るだろうなと思いました。

前期リーグは思うような結果は得られませんでしたが、夏休みにたくさん練習して(今年の夏の練習はエグイと聞きました。)、後期リーグ全勝してみんなでおいしいビールを飲んで二日酔いでウンウン唸りたいです。


拙い文章でしたが、読んでくださりありがとうございました。

今後とも大阪大学サッカー部をよろしくお願い致します。