2021年2月21日日曜日

吐露 2年 北野祥太


緊急事態宣言下、家ですることがなく5月にはこの部員ブログを書き上げておりましたが、怠惰を貪る同期の手により自分の番が遅れに遅れ、この時期悩んでいた足首の怪我は完治し、膝の靱帯の怪我を経験し、復帰するまでの長い時間が経ち、気付けばシーズンが終わっていました。昨シーズンは新型コロナウイルスの影響も加わって、3ヶ月ほどしか思うようにサッカーが出来ない苦しさを経験しました。5月頃に書いていた文をそのまま投稿しようかと思いましたが、この昨年はあまりにも悔しい気持ちを味わったので、自分の悔しさや弱さを吐き出す形で僕の部員ブログとしたいと思います。


昨シーズン阪大は、Aチームは2部Aの舞台で目標の勝ち点数を積み上げ、最終節は格上相手に勝利をもぎ取り笑顔で最後を迎えていた。BチームはIリーグで見る人を奮い立たせる劇的な逆転勝利を含む怒濤の3連勝を見せ、勝ち上がることは出来なかったが、チームに活気をもたらした。Cチームは長い間公式戦がない中、北摂リーグで終了間際の決勝ゴールを決め逆転勝利で意地を見せた。チームの全員がそのときの全力を出して得られた結果だった。だからこそ昨年はチーム全員での活動が大いに限られた中でもバラバラにならず繋がりが現れていた良いチームだった。そんな中自分はほとんどの試合を怪我人としてピッチの外から見るしかなかった。最後の最後で出場できたIリーグ最終節も最後の笛を聞くことなく救急車に搬送されてピッチを後にした。本当に情けない。この1年何をしたのだろうという思いが頭を巡った。この1年間と自分が思い描えた1年間との乖離に吐きそうになった。怪我でサッカーが出来ない期間は、仲間の勝利を素直に喜べなかった。健常者がサッカーを満足にしているのを見たくなかった。自分だけ置いて行かれているようで同期の活躍がつらかった。サッカーがやりたくて仕方がないのに、冗談でも「まだサボってんのか」って言われるのがしんどかった。久しぶりに会った人にサッカー頑張っているんだねって言われて胸が苦しかった。だってグラウンドで必死に闘っているみんなと比べたらなにもしてないから。復帰してからも、怪我のせいで自分はまだ本調子を出せていないだけと思い込む自分が嫌いだった。自己憐憫に浸っている自分に虫唾が走る。こんな弱い自分を隠そうとして雄弁に語るその手口も嫌いだ。


でも僕は、経験的にこういった悔しさが明日の血となり肉となることを知っている。痛みを抱きかかえながら試合に出続けた副キャプテンや、高校からの怪我が治らず覚悟をもって学生コーチをしてくれている後輩や、痛み止めを飲んで治らない痛みと闘いプレーをする同期の姿にとても奮い立たされる。怪我なんか関係なく今シーズンから自分がチームを引っ張っていく存在になれるように成長したい。応援してくれる人にピッチで闘う姿を見せたい。勝ってみんなと勝利を喜び合いたい。もう後2年しかない大学サッカー人生、ただ「我武者羅」頑張るのではなく、「一生懸命」考えて成長したい。


自分の弱さを見せないことが強さだと思っていたけれど、そんなことはなく、弱さを吐き出すことの方がよっぽど大変だった。リアルという漫画に「等身大の自分を受け入れた人間だけが、他人を受け入れることが出来る」という言葉がある。ありのままの自分を受け入れた今なら、上級生としてチームに貢献できる気がする。


だらだらと頭の中を整理せずに吐き出したような読みにくい文章になってしまいましたが最後まで読んでいただきありがとうございました。


2021年2月17日水曜日

Iリーグ 2年 大島拓


 初めまして、2回生の大島です。昨年はトップチームでの公式戦にはほとんど出場することができなくて、Bチームが初めて出場することになったIリーグで試合に出させていただきました。今回はそこで感じたことを書いていきたいと思います。

Iリーグの目標が勝ち点10と聞いた時、僕は正直難しいなと思ってしまいました。なぜなら、その前の年のBチームが出場していたリーグで1年間一回も勝てなかったり、格上のチームが出場していることに対して弱気になっていたと思います。いざ、Iリーグが始まると2連敗してしまい、格上の相手との差を痛感しましたが、もっとできる、もっとやれるという手応えを感じることもできました。そこから、Bチームキャプテンや学生コーチを中心としてやっていき、3連勝して勝ち点9を積み上げることができました。最後の試合は、勝つか引き分けで目標が達成できるという重要な試合でしたが、逆転負けという形でIリーグの幕が閉じました。

最後の試合で、悪い流れを変えることができなかったのも、相手のフリーキックが壁に当たってそのまま入ってしまい逆転されたのも、初めから勝ち点10というのを目指せていなかった気持ちの弱さが出てしまったように思います。大学の残り2年間は、高い目標に対して絶対に達成するという強い気持ちを持って、自分を信じてやっていきたいです。


2020年12月24日木曜日

感情 2年 松永健太郎




こんにちは。2年の松永健太郎です。

他の人の部員ブログを読んでいると、みんな面白い書き出しをしていて感心したのですが、残念ながら僕はユーモアのセンスを持ち合わせてい
ので、そこは割愛して早速本題に入りたいと思います。


突然ですが、皆さんにとってサッカーはどんな存在ですか?人は何故サッカーに夢中になるのでしょうか?これは人の数だけ答えが存在する問いかも知れませんが、僕は最近その自分なりの答えを見つけることができたような気がするので、この部員ブログという場をお借りしてそれについて述べさせて頂きたいと思います。拙い文章かも知れませんが、何か伝わることがあれば幸いです。


僕は4歳の頃にサッカーと出会い、それ以来16年間自分なりに本気でサッカーを続けてきました。ですが、決して華々しい実績を残してきたわけではなく、高校時代の公式戦スタメン出場は3年間でわずか1回、阪大サッカー部に入部してからは未だに公式戦未出場です。実力不足に加えて度重なる負傷離脱もあり、何故自分がサッカーをしているのかわからなくなることも何度かありました。そんな中、先日、Cチームの今シーズン最初で最後の公式戦である北摂リーグを、補助員としてピッチの外で迎えました。格上の相手に対し劣勢の時間帯が多かったものの、阪大は終盤の大逆転で劇的な勝利を収めたのですが、その逆転の瞬間、危うく泣きそうになるくらい強い感情が僕の中に生まれました。今考えると、あれはたぶん嬉しさ、誇らしさ、そして同じ舞台に立てなかった悔しさが入り混じったような感情だったのだと思います。皆さん、そういった感情が日常生活の中で生まれた経験ってどれくらいありますか?恐らく、普段の暮らしの中では滅多に味わうことができないものなのではないかと思います。実際、人目もはばからず大声を上げたり、汗まみれのいい年した男達と輪になって抱き合ったりするほど感情が爆発する場面、日常生活ではなかなかないでしょう。だからこそ、そういった体験を求めて人はサッカーに熱中するのだ、というのが冒頭で述べた問いへの僕なりの答えです。


僕たちはサッカーで大きなお金を生み出せるようなエリートではないし、プレーで観客を魅了できるスーパースターでもありませんが、サッカーを通して見る人や自分達自身の中に強い感情を呼び起こすことは不可能ではないと僕は思っています。それが喜びなどプラスのものの時もあればそうでない時もあると思いますが、どちらにせよその経験には筆舌に尽くしがたい価値があるはずです。ただ、それらが生半可な努力で得られる代物ではないのも理解しています。それでも、色々乗り越えた先には、また自分や周りの人の感情を強く動かせる瞬間があると思うので、折れずに日々の努力を積み重ねていこうと思います。


抽象的でぼんやりとした文章になってしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

2020年12月12日土曜日

我武者羅 2年 神山歩夢



皆さんこんにちは。阪大サッカー部2年の神山歩夢です。


いつもくだらないことでふざけあっている仲間たちが、心に刺さる文章を量産しているため、内心とても焦っていますが、自分にもそのポテンシャルが秘められていることを信じて、素直な考えを書き進めていきたいと思います。


突然ですがつい最近、僕のサッカー人生において、久しぶりの長期離脱を経験しました。幸運にも、高校時代は大きな怪我や体調不良が全くなく、大学でもこれまで順調にサッカーをやってこれていたので、サッカーをしない日常は不思議な感覚でした。ただ、自分にとっては、ピッチ外からサッカーを、チームを、そして仲間達を見れた貴重な期間でもありました。そんな中で、あることをずっと考えていました。


「俺、今のスタメンにどこで勝てるんだ?」


ピッチの外から紅白戦などを見て色々考えた挙句、僕は阪大で一番「怖い」選手を目指すことにしました。もちろん、容姿の話ではなくて。技術面などに関しては、あと2年でスタメンを追い越せるなんて自分でも全く想像がつきませので。


オフェンスである僕が思う怖い選手とは、一言で言えば最もゴールに貪欲な選手。僕もかつてディフェンダーをやっていたことがありますが、向こう見ずにゴールに突っ込んでくる選手は、対峙しててとても脅威だった感覚が残っています。怖い選手と言われて、僕は真っ先に岡崎慎司選手を思い浮かべます。めちゃくちゃ足元がうまいわけではないが、気持ちでボールをゴールに押し込む。幼い頃からこんなプレーに憧れて、ずっと好きな選手として岡崎選手を挙げていたのを今でも覚えています。


「ゴール」というたった一つの目標のために、ひたすら走り、ひたすら体を張り、ひたすら声を張り上げる。いつになってもあの白球を思い通りに扱うことはできませんが、勝利のために体を投げ出す覚悟を持って、日々サッカーに取り組んでいきたいと思います。


ブログは以上になります。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

2020年11月23日月曜日

サッカーしようぜ 2年 田上正彦


 初めまして、2回生の田上正彦です。

ブログを書けと宮田に言われてからもう1ヵ月経ちますが決してアイドルに夢中で遅れてしまったわけではありません!毎日、毎日内容が頭に浮かんでくるのでまとめるのに少し時間がかかってしまいました。ちなみにアイドルはもう卒業したので、一応伝えておきます。正直言うとブログを書くのは面倒でしたが、どうせ書くならということでサッカーについて真剣に書きました。最後まで読んで頂けたら嬉しいです

 

僕は4歳の頃にサッカーを初めて早、16年が経ちました。色んなタイミングで辞めることはできたと思いますが、結局二十歳になってもほとんど毎日練習し、家に帰ってもプロの試合を見たりと、まるで小学生の頃となんら変わっいない生活を送っていることに驚きます。僕がここまでサッカーを続けて来られた理由を改めて考えてみると、色々思い浮かびました。勝利した時や、ゴールを決めた時のあの体のからこみあげてくるような嬉しさや、チームメイトとの楽しい生活はもちろん、単純に体を思いっきり動かしたいという思いなどさまざまで。その中でも特に僕がサッカーを続けてきた理由のひとつは、サッカーをすればするほどスポーツの深さを知るようになり、そしてその魅力にどんどんはまっていだと思います

 小学生や中学生の頃はボランチをやっておりあまり覚えていませんが、ひたすら自分がボールを取られないようにすることに集中していたように思います。高校生になって初めてFWになり、ボランチとはまったく違う体の使い方に初めはかなり苦労しました。ボランチの時は足で捌くイメージが強かったけど、FWは常に後ろにいる相手の気配をさぐりながら、駆け引きし前を向いたり裏に抜けたりまたはターンしたり、はたまた落としたりといった判断をしなければなりません。これがかなり難しく、最初はボールをロストしては怒られ、かなり気が滅入りました。しかし、試行錯誤する中で、あるとき急に体を当てるタイミングや、重心を低くした方がいいなどというコツ分かり、うまく出来るようになりましたその瞬間の一気に霧が晴れたような気持ちは未だに覚えています。振り返るとサッカー人生はこういう瞬間の積み重ねなのと思いましたというのも、できないことができるようになり、知らなかったことを知っていく中でサッカーの深さを感じていくそして気づくともうその魅力に虜になっているということです。

驚くことに、サッカーのこうした新たな気づきは大学に入ってからも日々感じています高校と大学ではもちろんチームの特徴が違うので、同じFWというポジションでもこれまた新たな発見がありました。大学の方が自力で相手を交わしたりして局面を打開する必要があったのですが、高校の時はそのような役割はあまりなく去年は苦労したのを覚えています。重心を低くすることでボールキープがうまくいくと高校の時に感じそうしてきたのですが、それではスピードが出にくく相手をかわすのには適していないことに気づきました。そのため今ではその瞬間、瞬間のプレーに応じて姿勢を変えるようにています。できない事にぶつかると、人のせいにしたりして現実逃避しそうになるのですが、考えて試しついにそれを克服する自分がレベルアップしたように感じ、つい嬉しくなってしまいます。他にもシュートは必ずしもパワーを持って強く打つ必要はなく、タイミングとコースが良ければ入るんだというのにも気づきました。また、よく力を抜いた方が色々とうまくいくと言われますが、サッカーにおいてもこれは本当に当てはまると最近感じます。正確には脱力と力を入れるタイミングを見極めて使い分けることで、力をずっと入れているよりもしなやかな動きができ顔もあがり、不思議とボールもとられにくいのですコロナで活動停止している時にこの事に気づいのですが、まだ試合などでは自然と力が入ってしまい理想のプレーには至れていません他にも、相手との距離が近くなってボールをロストしそうな時に、あえてひとつタイミングをずらすことで、慌ててボールを触るよりもロストしにくいというのも感じますしかし注意しなければならないのは、目の前の敵を抜けても、ボールをずっと保持しても必ずしも勝てないのがサッカーだと理解しておく必要があることですボールをロストせずにキープできても、そのせいで攻撃が遅れてしまい機を逃してしまったら、それはその局面では相手に負けたと等しいと思います。そうならないためにはある程度ロストや失点のリスクを冒してプレーする必要がありますが、ここ時間帯やリズム、試合の状況を見て判断することが不可欠で、それが難しいですこのように相手との駆け引きやプレーひとつひとつを考えるにしても細かな部分での判断が大切になるしチームとして勝利するために大局的な判断が必要になるので、サッカーは技術と判断が絡み合っている複雑なスポーツだといつも思います。

こういうことは日々サッカーする中で感覚として身についていくものですが、大学に入ってからはできる限り言語化するように心がけています僕は割と疲労やフィジカルの状態などちょっとした変化で前まで出来ていたことができなくなったりしてしまうので、こうして言語化して整理しておくことで今の自分の状況を把握するようにしていますたとえ状態が悪くても、今何ができなくなっているのかさえ把握しておけば元の状態にも戻しやすくなると思います。おかげで前までは急に感覚が変わってしまったときにどうすれば良いか分からず苦しみましたが、今では大分落ち着いて対処できるようになりました。

ここまでサッカーを少し理論がましく話してきましたが、これだけ言語化しても予想外のことが常に起きるというのがやはりサッカーの最大の面白さだと思います根性論に振りすぎるのは個人的に好きではありませんが、やっぱり気持ちが強いFWのところにボールが最後に転がってきたり、普段から良い集団であるチームにチャンスが回ってきたりするのかなとは、これまでのサッカー人生を通じて感じますまた、FWに関していえばすべてのプレーをうまくこなそうとするのも大切なことだと思いますが決していいプレーが出来ていなくても結果的にチームを勝たせられる選手なにか持っている選手言語化できないレベルで何か必然性があるのだと思います。スアレスのプレーを見ているとそう感じずにはいられません。連携部分で何度ミスしていようが、ゴール付近で一気に力を入れて全集中し、結果を出すそのプレーは憧れの眼差しで見てしまわざを得ません。と同時に、自分が中途半端な選手だと改めて感じてしまいます上手くやるのがサッカーではないと頭では分かっていても、まだ一皮むけずにいる自分がいます。まだまだサッカーの奥深い真理を掴みきれていない思います。もっともっとサッカーについて考えて、実践し、新しいことにたくさん気づいて、もっとその魅力にはまっていきたいと思います!

自分で言うのもなんですが、さすがに1ヶ月考えただけあって内容の濃い長いブログになってしまいました(笑)最後まで読んで頂き本当にありがとうございました。

2020年10月25日日曜日

勝ち犬 2年 平澤達也

 


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部員ブログを書くにあたって、自分がこの部活に所属している意味、理由を確認するために今までのサッカー人生を文字に起こしてみたいと思います。あと、皆さんに僕のことを知ってもらいたいので、


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振り返ってみると、僕のサッカー人生は実に「負け犬」という言葉がよく似合うものであった。小2でサッカーを始め、大した成績も残さずにサッカーの名門、暁星中学校へと入学した。そんな僕は全く試合に絡むことができなかった。僕の記憶が正しければAチームでの公式戦出場時間5分ほどだったと思う。その5分ですら、ミスしたらどうしようとずっと考えていて、ガチガチに緊張していた。実際に自分のミスから失点に繋がりそうになったが、オフサイドとかいう神が創造したルールにより九死に一生を得た。試合後にはチームメイトからいろいろ言われ、泣きそうになった、というか泣いていた。忘れもしない。帰り道は「みんな怖いし、絶対ミスるし、もう試合なんか無理だわ、ぴえん、」と俺の心の中のJKはずっと考えていた。向上心と反骨心がゼロである。この考え方こそが負け犬の負け犬たる所以なのだろう。また、中3の夏、Aチームは北海道で全国大会を戦っていた。メンバーに選ばれなかった自分は東京に残り練習をしていた。悔しかったが、まあ、仕方ないかとも感じたのを覚えている。この三年間で何をしたかと聞かれても答えることは出来ない。何もしていないから何も覚えていないのだ。サッカーが楽しかったかどうかも覚えていない。


こんな暗黒期を乗り越え、高校から心機一転新しいチームで頑張ろう!というわけにもいかなかった。というのも、暁星中学は中高一貫の学校である。中高の六年間でサッカー部のメンバーは変わらない。更に、中学と違い全員横並びからのスタートではなく、AチームとBチームに分けられ、序列が確定しているところからのスタートだった。また、AチームとBチームは監督も違い、Aチーム昇格のチャンスはほぼ年一回だった。中3の時点で3番手GKだった僕はもちろんBチームからのスタートであった。普通の人なら残念に思い、悔しがると思う。ただ、負け犬の僕は正直ほっとした。これであの怖いAチームの人とは一緒にサッカーをせずに済むんだと思うとなんとなく安心したのだ。ただ、Bチームで色々な試合に出る中で徐々に自信がついてきて、これならば僕もAチームでやれるのではないかと思い始めていた。そして、高2の10月に満を持してAチームに昇格した。最初はAサブの方でミニゲームに入っていた。正直全然やれたし、Aチームさんもこんなもんですかいと思っていた。そして、たまたまスタメン組のミニゲームに入ることができた。そこはAサブとは何もかもが違った。何もできない自分、怖いチームメイト、また僕の心の中のJKが「何もできなかった、ぴえん、」と言っていたのを覚えている。2年間せっせと積み上げてきた自信は練習が終わった時には見えなくなっていた。恐らく幻想か何かだったんだと思う。その後はA2やA3を行ったり来たりして僕の高校サッカーは終わった。もちろん、メンバーに入ること、試合に出ることを目標としてやっていたがそんなことは無理だと気付いていたし、正直途中から諦めていた。最後の数か月はサッカーを続ける理由もなかったが、別に辞める理由もなかったので続けていた。そう、惰性である。まさに腐った林檎なのだ。選手権予選で負け、引退が決まった瞬間、チームメイトはみんな泣いていた。とても悔しかったのだと思う。僕も何となく泣き、帰りにみんなで飯を食って帰った。その晩、僕は中高のサッカー生活を振り返ってみたのだが驚くほどに何も思いだせなかった。それはとても情けないものであった。が、翌日模試だったので早く寝た。そんなこんなで、大した見せ場もなく僕の負け犬高校サッカー生活が終わった。恐らく、引退の1か月後くらいには監督から名前を忘れられている、決して目立つことのない、数合わせのような選手だった。


そんな選手であった僕は、今、大学でも部活に所属してサッカーをやっている。理由は何だろうか。やはり、サッカーに未練があった。あのような不甲斐ない形でサッカーをやめれるわけはなかった。まあ、サッカー人生ハッピーエンドで終わらせたいじゃないですか。自分はこんなところで終わるようなやつじゃないとも思ったし。まあ、「お前は一度諦めただろ、そんな奴が偉そうなこと言うなよ。」と言われれば、何も言い返せないのですが。でも、一回くらい見逃して欲しいです。お願いしますよ。


さて、僕はこの部活に所属してる理由を確認できたのだろうか。恐らく僕はサッカーに未練があるのである。ただ、それだけの理由でこの部活に所属していて良いのだろうか。「サッカーに未練がある」というだけではこの部活に所属する理由にならないと思う。組織とは、各構成員がその組織にとってプラスになる側面を持ち寄って、強く大きくなっていくものだと思う。プラスの側面を持ち寄ることが、組織の構成員としての条件なのかなと考える。もしそうならば、僕はその条件を満たしてない。僕はこの部活を支えているのでは無く、ただ乗っかってるだけである。「サッカーに未練がある」という理由だけで部活に所属している僕は組織にとって悪影響を及ぼしているかもしれない。それならば自分がこの部活に存在してよい理由を作らなければ、何かプラスの側面をもたらして、存在理由を示さなければならないのか。いままで、そこにサッカーする環境があり、サッカーが好きだったから続けてきて、中高と構想外であったためチームのことなど考えてこなかった。僕がこの部活のフリーライダーにならないためにも、組織のことを考えるというのは必要不可欠なのだろう。僕にこんなことを思わせる部員ブログ君は偉大である。言いたいことはまとまらなかったが、なんとなく、大人になった気がする。


最後に自分のことを語ってみたりする。僕は自分に自信がない。いつもは虚勢を張って自信がある風を装い、自分を強く見せようとしているダサい人間である。まさに「負け犬」の生き方である。そんな僕は知っている。20年弱生きてきて得られなかったものがいまさら手に入るはずはない。だから、自信なんかもういらないと虚勢を張ってみたりする。僕は虚勢を張って生き続けていこうと思う。負け犬は負け犬らしく。それが僕を守ってくれるなら良いではないか。虚勢が僕を守り、僕はゴールを守る。素晴らしい関係だ。


とびきりの面白ジョークが出てきたのでこのブログを終わってみようと思います。


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2020年10月20日火曜日

役割 2年 植野直次朗


 はじめまして、2回生の植野直次朗です。

この部員ブログの内容を熟考するあまり、書き切るのに1ヶ月もかかってしまいました。

というのは嘘で、最初の3週間は何もせず、多方面からはよ書けと言われてしまったので急いで書きました。僕の部員ブログを心待ちにしていた皆様、申し訳ございませんでした。

では、部員ブログの内容に入らせていただきます。

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2020年春、コロナウイルスのため部活が休止していました。これを機に自分の役割について考えてみることにしました。1回生の間のことを思い返してみるとこれといってチームに貢献したような場面はありませんでした。北摂リーグに出させていただく機会やAチームの練習に参加させていただくこともあったのですがそれが自分である必要があったか、と聞かれると胸を張って答えることはできませんでした。思い返してみると、高校時代も試合には出場しているものの何か決定的な仕事をしてチームを勝たせていたか、と考えると別にそういう訳でもない気がします。

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他の部員の役割を考えてみると、点をとる人、ゴールを守る人、声を出して雰囲気を作る人、チームのことを考える人、事務作業を行う人、選手を支える人…。他にも役割はここにあげきれないほどありますが、そのどれもが自分にはできないことばかりです。個人としてもチームとしても周りの人の役割に支えられている事がわかります。「やっぱサッカーってチームスポーツやねんなぁ」って再確認です。

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では僕はどんな役割でチームに貢献出来るでしょうか。僕のポジションはボランチなので守備にも攻撃にも参加します。サッカーは攻撃と守備が連続的に繰り返されるため、攻守どちらでも活躍するためには切り替えが早くないといけません。そのため「ピッチ上の誰よりも早く切り替える」ことが自分の役割と考えています。


「チームの攻撃の時に守備のことを、チームの守備の時に攻撃のことを考えろ」


これは僕が高校の時に監督に言われ、今も大事にしている言葉です。当時の僕は本質をとらえきてれなかったのですが、この言葉こそ切り替えの意識について体現しているのではないでしょうか。

大谷さんのようなアジリティ、築城さんのような走力、登藤さんのような守備力が備わっていないのですが、自分は切り替えの早さで勝負していこうと考えています。

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阪大サッカー部は4回生の幹部3人を中心に学生主体で動いています。そのため尚更各自の役割が大きくチームに影響します。自分の役割がいまいち明確でない部員は、自分の役割とは何か今一度よく考えてみる時間をとることをお勧めします。90人近い部員全員が自分の役割を意識すれば確実にチーム力の底上げになります。

僕も自粛期間中に考えた自分なりの役割を意識し、阪大サッカー部の歯車の1つとなれるよう努力します。


部員ブログは以上です。最後まで読んでいただきありがとうございました。